MtSN

登録

連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.6 2014年の勇者たち(1)柏木寛之

2015.05.26

2014年の勇者たち(1) 柏木寛之 ナンバーカード6 15位、8日間2時間32分

取材・文=松田珠子

 8月18日、深夜2時過ぎ――。前方に、人が集まっていることを示すいくつものライトの灯りが見え、ゴールの大浜海岸が目前だということがわかった。南アルプスを下りてから、85㎞に及ぶアスファルトの道を歩き続けて、すでに一昼夜が経過していた。

「やっと、長い旅が終わるんだ……」

 柏木寛之は、ストックを握った両手を自然と高く掲げていた。


開会式で、一人一人紹介される選手たちの中に柏木もいた(写真=杉村航)

 大浜海岸では、深夜にも関わらず多くの人が待ち受けていた。サプライズで東京に住む両親をはじめとする家族も駆けつけていた。拍手に迎えられ、ゲートをくぐった柏木は、「海水に手をつけないと」と大会実行委員の湯川朋彦から促され、波打ち際へ歩き向かった。見守る周囲の視線に「なんとなく期待されている感じがして(笑)」、海にダイブした。

 台風の影響で関門時間が3時間延長され、最終完走者となった柏木がゴールしたときには、時計の針はすでに深夜2時半をまわっていた。最後は柏木の一本締めで、2014年のトランスジャパンアルプスレース(TJAR)は幕を閉じた。

 

壮大な旅への憧れ

「グレートジャーニーとか、いろいろな人の○○大陸横断とか、そういうのがもともとすごく好き。どこまで遠くに行けるかとか、どこからどこまで縦断するといった、目的を持った長い旅に対して、小さい頃から惹かれるものがありました」

 そう柏木は話す。細身で色白で、「山男」というイメージからはかけ離れている印象だが、両親の影響もあり、子どもの頃からアウトドア志向が強かった。中学時代にはすでにMTBで奥多摩の山を駆け巡っていた。高校では山岳部に所属し、夏には30㎏の荷物を背負い北アルプスを縦走した。大学時代は自転車ツーリングに熱中、ヨーロッパでの自転車旅行では、ロンドンからローマまで4000㎞の距離をMTBで2カ月間かけて縦断した。
自転車での世界一周旅行を記した『自転車漂流講座』(のぐちやすお著)や、写真家でアラスカなど旅の記録を多く残している星野道夫の著書などにも影響を受けた。

 社会人になり、航空機のエンジンを開発する仕事に就いた。仕事が忙しく、長期の休みは取れなくなったが、職場の仲間たちとテレビ番組の『鳥人間コンテスト』に3回出場するなど旺盛なチャレンジ精神は健在。パラグライダー+トレイルランの「Xアルプス」というレースに興味を持ち、情報を収集していたときにTJARの存在を知った。「日本アルプス縦断」というキーワードが、柏木の嗜好にピタリとはまった。その後、2012年大会の書籍、さらにはNHKのオンデマンドで番組を観て、引き込まれた。

「このレースに出てみたい」――TJARは柏木の目標となった。

 


スタート前、日本海の海水に手をひたした

 

 高校時代は登山部に所属していたとはいえ、それまでトレイルランの経験はなかった。まずは登山&山の経験値を上げようと、週末ごとに山へ通った。前年の夏には、北アルプス周遊(笠ヶ岳~双六岳~三俣蓮華岳~槍ヶ岳~大天井岳~常念岳~蝶ヶ岳~上高地~焼岳)といった、長距離かつ長時間の山行を敢行。装備を軽量化することで行動スピードが上がり、行動のしやすさが安全にもつながることを学んだ。また、夜間行動の経験を重ねたことで、ライト2個とビバーク装備を携行し慎重に行動すれば、夜間でも安全に行動できるのだと実感した。秋から冬にかけては奥多摩でビバークの練習も繰り返した。

 2014年大会のエントリーを決意した時点では、TJARの参加要件にあるフルマラソン(3時間20分以内)は経験がなかったが、東京マラソンに当選し、2カ月間走り込んだ。直前の3週間のアメリカ出張で思うように練習ができず不安を抱えながらも、3時間18分で完走し、参加要件をクリアした。

関連ニュース

過去の記事を見る
MtSNが過去に掲載した注目の特集・連載記事のアーカイブ。ニュース記事のインデックスとしてご利用ください。