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連載「TJAR2014 - 30人の勇者たち」 Vol.2「創始者、岩瀬幹生の挑戦(前編)」

2014.09.19

取材・文=松田珠子

 

 トランスジャパンアルプスレース(以下TJAR)は、一人の男の夢を具現化したものだ。男の名は岩瀬幹生。現在、愛知県山岳連盟常任理事を務める現役登山家である。

「日本海から日本アルプス(北アルプス~中央アルプス~南アルプス)を越えて、太平洋までを一気に駆け抜けてみよう」

 現在59歳の岩瀬がそんな夢を抱いたのは、今から40年前の学生時代に遡る。

 学生時代はワンダーフォーゲル部に所属し、アウトドアを愉しんだ。社会人になると山岳会および愛知県山岳連盟の一員として、国内で夏冬を問わず厳しい山登りを続けてきた。海外ではヒマラヤやヨーロッパアルプスなどでクライミングを行なった。また国内の山岳コンペとしては、国体の山岳競技(縦走、踏査、登攀の3種目。現在はリード競技とボルダリング競技の2種目)に選手・監督として10年ほど関わり、1994年の愛知国体では、愛知県チームの監督として団体優勝に導いた実績もある。

 愛知県山岳連盟の国体委員長を退いた後は「自分のやりたい山登りにチャレンジしよう」と、スピードを追求した山岳ランニングに挑んだ。たとえば「南アルプス・北岳~光岳1day」や「北アルプス・立山~上高地1day」など。今から15~20年以上前のことである。このようなチャレンジの積み重ねが、かねてから思い描いていた日本海から日本アルプスを越え太平洋に至る日本縦断だった。

 夢を実現するべく、岩瀬は既存の記録を調べることから始めた。だが、テントやツエルトを担いでの縦走では1カ月以上、山小屋泊では2週間ほどを要した記録しか見つからなかった。時間のある学生ならともかく、岩瀬は日々多くの仕事を抱えるサラリーマンである。長期休暇は取れない。なんとか一サラリーマンの夏休みの間に実現させたい。しかし、山行のスタイルにはこだわりたい……。

①コースは日本海から日本アルプスを経て太平洋まで
②単独で行なう(ただし、補給などを家族にサポートしてもらう)
③期間は1週間程度とする
④アプローチも含め、すべて自分の足で踏破する。コース上では交通手段は使わない
⑤すべて、テント、またはツエルト泊とする。山小屋・民宿・ホテルなどは利用しない
 岩瀬はこれらの条件を掲げ、計画を練った。さらには、10kg弱の露営道具一式を背負い、1日あたり「通常コースタイム25~30時間」の行程を余裕を持ってこなし、10日間以上露営、縦走を続けていける能力が必要と判断。国体で培ったノウハウに加え、持久力、精神力、生活技術、さらには自分をコントロールしていく力を、半年かけてじっくり育んだ。
そして95年8月、岩瀬は、富山県の泊(とまり)海岸に一人降り立ち、太平洋めざしてスタートを切った。当時、40歳だった。

 ルートは、泊海岸から小川元湯経由で朝日岳、白馬(しろうま)岳、鹿島槍ヶ岳、針ノ木岳、烏帽子岳、水晶小屋を経由して双六小屋、そして槍ヶ岳から北穂高岳、奥穂高岳、西穂高岳とたどり上高地に下山。前半部は現在のTJARのコースとは大きく異なっている(行程表を参照のこと)。

 そのときのレポート『山と溪谷』1997年1月号に掲載された岩瀬さんの手記を、以下に再掲したい。

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1995年の行程。現在のコースとは、特に北アルプスで大きく異なっている

 

●1日目(95年8月12日)

 朝、富山県の泊駅に着いた。「日本海から…」にこだわり、海岸まで北上する。(中略)海抜ゼロメートルより、標高2418mの朝日岳まで、ひたすら登りがつづく。昨晩の夜行列車はお盆帰りの乗客で超満員。ずっと立ちっぱなしで一睡もできなかった。その疲れが、今になってどっと出てきた。睡魔と闘いながら、バテバテになり朝日岳に着く。ここで大休止の後、白馬岳へ向かう。標高が上がり涼しくなったためか、体調もよくなり快適にとばす。白馬岳を通過し、村営頂上宿舎の幕営地で露営した。

●2日目(8月13日)

 午前3時45分に歩き始める。満天の星空の下、快適に歩が進む。(中略)この日は唐松岳、五竜岳、鹿島槍ヶ岳と快適に進んだが、赤沢岳を過ぎた所で小雨と雷につかまり、フォーストビバークした。

鹿島槍ヶ岳山頂で。2日目なので、まだまだ余裕の表情

 

●3日目(8月14日)
 ビバーク地から針ノ木岳、船窪岳、鳥帽子岳、野口五郎岳、三俣(みつまた)山荘へと縦走し、双六(すごろく)小屋の幕営地で露営した。

●4日目(8月15日)

 サポートしてくれる家族に会える日だ。足取りも自然と軽くなる。午前3時20分にテント場を発ち、6時15分に槍ヶ岳を通過し、穂高岳連峰を縦走する。途中、ジャンダルムを過ぎたあたりで、徳島県の国体選手に会う。久しぶりなので、じっくり話しこみたいのはやまやまだが、さきが長いので、おたがいの無事を祈りながら別れた。
 西穂山荘から上高地へ下り、アスファルト道をジョグする。通常コースタイムの26時間以上をこなした後、沢渡(さわんど)まで14kmのランニングはとてもしんどく、アゴが出た。
 あたりが薄暗くなりかけた18時30分、沢渡で家族と合流する。さっそく4歳と6歳の娘を連れて、近くの民宿にお風呂に入れてもらいにいく。その後、駐車場で妻が用意してくれた焼肉をほうばる。体の疲れも吹っ飛び、明日への活力が湧いてきた。

 

 

 

 

 

 

4日目、穂高連峰にて。夏山最盛期の稜線を一人で歩いた

 

●5日目(8月16日)

 沢渡から奈川渡ダムを通り、境峠を越えて薮原へぬけ、木曽駒高原スキー場まで行く。下界の暑さと単調な平地歩きに辟易してしまう。車がビュンビュン通りすぎていく横を、ジョグとウォークをくりかえす。「車を使えば数時間で行けるのに…」自分が、とてもみじめにみえてくる。

●6日目(8月17日)
 午前1時10分に木曽駒高原スキー場のキャンプ場を発ち、月明かりのなかを登高する。真夜中のひとり歩きは、なかなかピッチが上がらない。夜明け前に、木曽駒ヶ岳を通過し、宝剣山荘で大休止する。電話を借りて、サポート隊(家族)と待ち合わせ場所と時間の確認をする。
 宝剣岳から空木岳まで雲上散歩を楽しみ、池山尾根を下る。出発してちょうど12時間後の13時10分、駒ガ根高原へ着いた。大休止の後、駒ガ根市内をぬけ、南ア・仙丈ヶ岳の登山口である市野瀬をめざす。
 下界では猛暑がつづいており、汗もしぼりとられ、分杭(ぶんぐい)峠手前で脱水症状のため、まったく歩けなくなり、1時間ほどへたりこんでしまった。しかし、暗くなり少し涼しくなってきたら、体調がもどってきて、歩けるようになりほっとした。
19時20分、やっとのおもいで市野瀬へ到着する。暗闇のなか、妻と子どもふたりがお茶を沸かして、心配顔で待っていてくれた。心あたたまるサポートに、感謝、感激。
 ここで、登山口を確認したあと、戸台口まで車で移動し、仙流荘でお風呂に入れてもらう。(市野瀬~戸台口間は、車を使った唯一の区間)その後、近くの河原にテントを張り、爆睡した。

●7日目(8月18日)
 起きると顔がむくみ、頭がボーッとして体がむちゃくちゃ重い。今までの疲れがどっと出たのだろう。妻は「体がボロボロじゃない。もうやめときなよ。また来年来れば」というが「山は逃げる」。ともかく、無理せずに行けるところまで行ってみよう。
車で市野瀬まで送り返してもらい、地蔵尾根を仙丈ガ岳で大休止をとるが、体調は相変わらずわるい。15時55分に高望池へ到着し、今日はここまでとした。

●8日目(8月19日)
 午前1時45分に幕営地を発つ。昨日ゆっくりくつろいだせいか、体調もまずまずだ。[中略]
 三峰(みぶ)岳から熊ノ平小屋を経て塩見岳へ、そして三伏峠から荒川岳を経て、赤石岳へと快適にとばす。やがて夕闇がせまり、あたりが見えなくなるころ、百間洞幕営地にたどり着く。通常コースタイムの28時間30分をかせいだ。
 しかしその反動から膝と腰がガクガクになってしまう。夕食を作りながら、ストレッチとマッサージを入念に行なった。

 

 

 

 

 

 

8日目、南アルプス・塩見小屋で、つかのま憩う

 

●9、10日目(8月20、21日)

 満天の星空の下、午前2時ちょうどに幕営地を後にする。夜明けごろ聖岳を通過し、午前8時40分、茶臼小屋に着き、大休止する。ここで、とっておきの非常食・グラタン(ジフィーズ)をたいらげる。あとは畑薙第一ダムバス停売店のうどんを楽しみに下る。
 畑薙ダムに到着するが、売店は閉まっており、人ひとりいない。ダムの手前で土砂崩れがあり、車両通行止めになっているためだ。缶ジュースを2、3本やけ飲みほし、重い腰を上げる。
 ここから静岡までは、一般道が80km以上続くが、まぁ何とかなるだろう。田代をへて井川へ南下したあと、富士見峠へ登り返す。暗闇の中、ときどき通るバイクや車からあたたかい声援をいただく。しかし、午前零時を過ぎると、さすがに人出は途絶える。山中ではあまり感じないが、人里をひとりぼっちで歩くのは、とても寂しい。これより夜明けまでは睡魔との闘いになる。歩を止めると意識もうろうとなり、そのまま夢の中にひきずりこまれそうだ。現実に歩いているのか、夢のなかで歩いているのか定かではなくなる。加えて、足の裏は熱を持って腫れ上がり、痛くてまともに歩けない。ただ前へ進もうとする意志だけが、ぼろぼろの体にムチ打ってゴールへとひっぱっていく。
 意識のない数時間を過ごしたあと、ようやく夜明けとなる。湯島をとおり、重い足をひきずりながら、静岡駅を通過、21日、午前9時45分にゴールの大浜海岸へ到着した。
 吸い込まれそうな藍色の空と海の青さ、そして太平洋の波の白さが、私の脳裏に焼きついている。そして「やった」という気持ちより「やっと終わった、もう歩かなくていいんだ」という開放感と安堵感が、じわじわと心を満たしていくのを感じた。
(以上、山と渓谷97年1月号より引用)

10日目、大浜海岸に到着。空の藍、海の青、浜の白が印象的だった

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 総計、登山道約284.4km、一般道約196km、合計約480km。全行動時間、143時間15分(睡眠時間は除く)。岩瀬さんの長年抱いていた夢が、ここに叶った。そしてこの挑戦が、TJARの礎となった――。(次回に続く)

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