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連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.14 2014年の勇者たち(9)町田吉広

2015.12.19

2014年の勇者たち(8)町田吉広 ナンバーカード29 DNF(0日16時間15分) ※出場2回目

取材・文=松田珠子

 2大会連続でTJARに出場した町田吉広。2014年大会の最年長出場者、平井小夜子と同じ1963年生まれだ。

 生まれ育ったのは、静岡県伊豆半島の松崎町。TJARのゴール地点・大浜海岸から、駿河湾を経て直線で結べばその距離は40kmほどだろうか。温暖で海も山もある、自然豊かな環境だ。しかし町田は、海にも山にも、スポーツにも縁のない少年時代を送った。高校時代は軽音楽部でエレキギターを弾いていた。高校卒業後は大学進学のため上京。大学では、放送研究会のサークルに所属。サークルの先輩に誘われて鎌倉の海でウィンドサーフィンを楽しむことはあったが、「運動音痴だった」と振り返る。社会人になってからも、体を動かすことはほとんどないまま、十数が経過した。


スタート前、装備チェック会場で荷物を広げる町田(写真=杉村 航)

 

 スポーツと無縁の生活を送ってきた町田の人生が変化したのは、30代後半からだ。
「40歳を前にして軽いメタボになって、やせなきゃ、と。最初は散歩から始めました。ジムに入って、スタジオのエアロビやったり、筋トレやったり。で、いちばん効率的にやせるのがランニングだったんです」
 並行して、影響を受けたのが、現在TJAR実行委員メンバーでもあるプロアドベンチャーレーサー・田中正人の活躍だった。田中は、当時から日本を代表するアドベンチャーレースチーム「イーストウインド」のキャプテンだった。
 当時、世界最大のドキュメンタリーチャンネル、ディスカバリーチャンネルで放映されていたアドベンチャーレースの番組を見て、田中の活躍を目にしていた。町田の実家のある伊豆の松崎町は、現在は伊豆トレイルジャニー(ITJ)のスタート地点として知られるが、以前(2000~2005年)は国内最大級のアドベンチャーレース「伊豆アドベンチャーレース」が開催されていた。
 町田は帰省中、偶然そのレースに遭遇したことがあった。
「大雨のなか、家のすぐ近くの川が騒がしくて、誰か溺れたのかと思ったら、田中正人さんたちのイーストウインドのメンバーが、ちょうど川から上がってきたんです。あっ、ディスカバリーチャンネルに出ていた人だ! と……」
 初めてアドベンチャーレースを間近で見て、自分もやってみたいと興味を持った。だが一朝一夕にできるものではない。まずは体力をつけることからと、ジム通いと並行して外でのランニングも始めた。
 トレイルランという言葉も認知されていなかった頃だが、田中が第1回の日本山岳耐久レース(1993年)の優勝者でもあることを知り、山を走ることにも興味を持った。
「2001年春からロードのマラソンを始めて、その年の冬に、みたけ山山岳マラソン(15km)に出たのがトレイルデビューです」
 練習すればしただけ、走れるようになる。それまでスポーツらしいスポーツをしたことがなかった町田だったが、見る見るロードのランニング、トレイルランの魅力にはまっていった。

 走り始めて2年目の2002年に日本山岳耐久レース(ハセツネCUP)に初挑戦。「苦しみながらも18時間近くかけて完走しました」。驚くことに、この年、ハセツネを含め、富士五湖77㎞、奥武蔵ウルトラマラソン、ニューヨークシティマラソン、つくばマラソン等、7週連続でレースに出場したという。
「今思うとよく体力があったなと(笑)」
 距離を伸ばしていき、当初走り始めた目的でもあったアドベンチャーレースにも出場した。MTB、カヤックも持っているという。
「カヤックは今でも年に数回はやりますね。実家に帰省したとき、駿河湾に出ることもあります。MTBはマンションのトランクルームで埃をかぶっています(笑)」


ミラージュランドでの開会式の様子。ビブスナンバー29が町田(写真=宮崎英樹/MtSN)

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