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連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.16 2014年の勇者たち (11)笹岡 誠

2016.01.22

2014年の勇者たち(11)笹岡 誠 ナンバーカード20 DNF(1日間06時間11分)※初出場

取材・文=松田珠子

 登山、キャンプ、自転車のロードバイク、マウンテンバイク(MTB)、カヤック、サーフィン、スノーボード、テレマークスキー……。笹岡誠の趣味を並べると、その多様さに驚かされる。
「なんでもやりたがりなんです(笑)」と笹岡。共通するのは「自然の中での遊び」だ。

 「両親が登山部の出身で、物心がついた頃には私も毎週のように山に登っていました」
 生まれ育ったのは房総半島の内房(東京湾側)、千葉県木更津市。海も山も近い自然豊かな環境だ。笹岡は両親に連れられ、2歳の頃から房総丘陵を歩いていたという。
 「高い山ではなく自宅から近い房総の山々に登ったり、父は釣りが好きで、船に乗って海に出たり……。休日はとりあえずアウトドア三昧でした」
 いわば「アウトドアの英才教育」を受けて育ち、気づけば、笹岡も自然の中で遊ぶことが当たり前になっていた。
 中学時代からは自転車に熱中。剣道部だったが、早く抜け出してはツーリングに出かけていた。高専時代はロボコン(ロボットコンテスト)に打ち込む一方、自転車部に所属。「ロードバイクが多かったけど、MTBも好きでした」(笹岡)
 20歳で社会人になり京都へ。野田知佑著『日本の川を旅するに影響を受け、近くの木津川でカヤックデビュー。翌週には、テント道具一式を持って四万十川ソロツーリングへ。
 「途中の河原でキャンプしながら……。その後も、全国各地の河川や、カナダのユーコン川(300km)も下りました。だんだん激流のほうが楽しくなって、キャンプしながらののんびりツーリングの機会は減ってしまいました」
 幼少の頃から親しんだ登山では、テント一式を背負って日本アルプスにも通うようになった。冬はテレマークスキー。テレマークスキー仲間と自転車チームを作り自転車を再開。30歳を過ぎ、関東に戻ってきてから職場の自転車クラブに入った。春夏秋冬のオールシーズン、アウトドアを満喫。それが、40代に入った今も変わらない休日の過ごし方だ。

 ランニングを始めたのは2009年から。もともと「走るのが嫌い」と笹岡は言う。だが、職場の先輩がウルトラマラソンにはまっている姿を見て、興味を持った。
 「その先輩にウルトラマラソンの魅力を聞いたら、ウルトラは旅のような感じだと。それを聞いておもしろそうだなと思いました」
 実際に出場してみると、その魅力にはまった。
 「ハーフマラソンとかフルマラソンは競技っぽい感じがするけど、ウルトラは楽しみながら走れるのがいい。タイムは全然よくなくて、完走することをめざしていました」
 富士五湖ウルトラマラソン(100km)や八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン(100km)など、何レースかに参加するようになった。

 そんな笹岡がTJARに興味を持ったのは、テレマークスキー仲間のひとり・泉直人氏が2010年大会への出場をめざしていたことがきっかけだった。ちょうどウルトラマラソンに参加するようになった時期でもあった。
 2009年夏、笹岡は泉氏と南アルプスを縦走した。
 「泉さんが練習で行くときに一緒に、南アルプスを北から南まで(市野瀬から畑薙第一ダムまで)歩いたんです。それまで山といえば、テントを含めた20kg以上の荷物を背負って、コースタイムくらいのペースで歩いて、早めに(テン場に)着いたらのんびり休憩する、というのが普通だった。それが、荷物を軽量化してペースを上げて、1日で一気に3日分くらいの距離が歩けちゃう。『こんなスタイルの山歩きがあるんだ』と感動しました」
 「限られた休日により多くの山を楽しむには、これだ」と、自身の山行スタイルを変更するきっかけにもなった。

 泉氏は2010年大会に出場し、完走。笹岡は報告会に出席した。泉氏は、静岡・井川地区でも住民に向けた報告会を行なった。その時に使用した泉氏手作りのレース報告用ボードは、今、笹岡の元にある。
 「2010年のレース後、TJARに興味があることを泉さんに伝えたら、井川地区の報告会で使用したボードと装備一式を持ってきてくださって、報告書に書いてない細かいエピソードまで夜な夜な語ってくださいました」
 そして泉氏は「次はマコちゃん(笹岡のこと)だね!」とボードを手渡してくれたという。 次はこのレースに出たい――。笹岡の中で、TJARへの思いが強くなった。


泉氏が笹岡に贈った、井川地区での町民に向けた報告会に使用した手作りボード。
日本海から太平洋までの1/50000地図コピーをボードに貼り付けたもので、
随所にコメントを書き込んだ大作だ(写真提供=笹岡)

 

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