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連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.19 2014年の勇者たち (14)山本寛人

2016.02.20

2014年の勇者たち(14)山本寛人 ナンバーカード16  DNF(5日間08時間10分 野呂川越でリタイア ※初出場)

松田珠子=取材・文


 年間の出場レースは多くはないが、フルマラソン、ウルトラマラソン、トレイルラン、ロゲイニング、ウルトラオリエンテーリングなど、幅広いカテゴリーで強さを見せる。「甘栗さん」こと山本寛人は、走力、山力ともに兼ね備えた実力派トレイルランナーだ。同じくTJAR戦士の飴本義一、松浦和弘とは、神奈川県・丹沢の山を拠点とする練習仲間であり、飴本が立ち上げたトレイルラン愛好者のグループ「丹沢TR」(丹沢トレイルランナーズ)のメンバーとして、一緒にレースに出ることもある。分水嶺トレイルやOMM JAPANなど、走力のみならず、山の総合力を問われるレースでも強さを発揮している。
 山本の実力を示すエピソードがある。飴本、松浦とチームを組んで出場した2015年の分水嶺トレイル(青梅~獅子岩)。「2晩ほぼ寝ずに進んだラストの地図読み必須の破線ルートを進むセクション」で、山本がハイスピードで先頭を引っ張った。このときの飴本の体感は「ハセツネの第一関門を2時間40分くらいで行っているような」スピードだったという。また、山本にとって登山地図のコースタイム50%までは“ハイキング”(走らずに行けるため)、コースタイム40%でやっと“トレイルラン”なのだそうだ。松浦いわく、「山本さんの『ゆるゆるハイキングなので一緒にどうですか?』に騙されて地獄を見た人はけっこういると思います(苦笑)」。


<トレイルランとの出会い>

 神奈川県川崎市出身で、現在は横浜市在住だ。中学時代は陸上部で中長距離に取り組んでいた。「ほとんど遊びのような感じ」とは本人談だが、県大会への出場経験があり、3000m9分半、1500m4分20秒台の記録を残している。高校時代は部活には入らず、当時流行ったMTBで神奈川県内を走り回っていた。北海道の大学に進学後は「自転車で動ける距離ではなく」、2輪のバイクで道内のツーリングを楽しんでいた。
 卒業後、横浜に戻り、福祉関係の仕事に就いてからは、運動はまったくしていなかった。社会人になりパソコンを購入してからしばらくインターネットにはまり、一日じゅうパソコンの前から動かなかったこともあるという。「のめり込みやすい性格」というのが、自己分析だ。

 そんな山本が走り始めたのは、2006年秋、30歳になったばかりの頃だった。友人から自転車(ロードバイク)に誘われ、やってみようと思ったことがきっかけだった。
 「自転車を買うまでの間、体力づくりをしようといろいろ調べていたら『トレイルラン』というスポーツがあるのを知って、おもしろそうだな、と。さっそくその年の12月の『みたけ山山岳マラソン(15km)』にエントリーしました」
 大会に向けてコースの試走をしようと、仕事が休みの日に奥多摩の御岳(みたけ)山に足を運んだ。
 「当時、あまり情報もなくて、シューズもトレイルラン用じゃなかったと思うんですけど、適当にそれっぽいものを買って。地図読みは、小学校で習ったのを思い出しながら(笑)。仕事は平日休みなので、山に行くのも平日。山の中で誰にも会わなくて、一人でビビりながら走っていました」
 それまで、ランニングも登山もしたことはなかったが、「自然の中や、冒険みたいなことは子どもの頃から好きだった」という山本の嗜好に、トレイルランははまった。
 みたけ山のレースを完走後、次は4月の青梅高水山トレイルレース(30km)にエントリー。休日には、奥多摩や、地元・丹沢の山に通うようになった。ちなみに自転車は予定どおり購入したものの、「結局、そのまま山にはまって、自転車にはほとんど乗っていないままです(笑)」(山本)

 走り始めて間もない頃(2006年冬)、ランナー向けのSNS「Jog Note」を通して、飴本と出会った。
 「家が近かったので、近所のコミュニティで知り合って。出場している大会も傾向が似ていたんですけど、練習でとにかく長い距離を走っていたり、なんか変態チックな人がいるなと(笑)」
 休日に一緒に練習することは少なかったが、走歴も近かった飴本に「ちょっとライバル意識を感じつつ」、刺激を受けることも多かった。
 走ること自体にも、おもしろさを感じるようになっていた。
 「みたけを走った後、調べていたら、市民ランナーのグランドスラム(フルマラソン3時間切り、100kmウルトラマラソン10時間切り、富士登山競走完走の3つを達成すること)というのがあるのを知って、挑戦してみようと」
 翌07年夏、初挑戦ながら、富士登山競走と、100kmウルトラマラソン(サロマ湖)は目標達成。初フルマラソンの10月のつくばマラソンでは「途中足が攣りながら」も3時間7分。その後、月間300kmを走り込み、4カ月後の板橋シティマラソンでサブスリーを達成した。トレーニングでは仕事の夜勤明けにそのまま50kmを走ることもあったという。
 「“グランドスラム”を達成後、今度は距離を伸ばしてみようと、長い距離や山を中心にやるようになりました」

 


2014年大会、開会式の様子。ビブスナンバー16が山本(写真=杉村航)

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