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連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.23 2014年の勇者たち (18)阪田啓一郎

2016.04.25

2014年の勇者たち(18)阪田啓一郎 ナンバーカード7 4位(6日間16時間47分) ※2度目の出場

取材・文=松田珠子

​  12年大会は初出場ながら望月将悟に次ぐ2位、14年大会は石田賢生とともに感動のゴールを果たした阪田啓一郎。
​ 自称「山芸人」――。「いつもウケ狙いの企画を考えたり、走っているときも、何かおもしろいことをしてやろうと考えている」と阪田。富士登山競走を皮切りに、TJARの挑戦にいたるまで「おもしろそうなチャレンジ」(注:彼らの基準による)を石田に持ちかけてきた。内容はエンデュランス系の過酷なものばかりだが、挑戦の動機は基本的に「ウケ狙い」という。その発想はトレイルランナーというよりお笑い芸人さながらだ。



14年大会、相棒・石田賢生(写真左)とともにゴールした阪田(写真=宮上晃一)

 

<オートバイからランニングの世界へ>

 細身で引き締まった、いかにも長距離ランナーといった体型だ。だが、もともと運動や走ることは苦手だっだという。中学時代はサッカー部だったが「ずっとベンチ」、高校時代は部活動にも入らず「何もしていなかった」(阪田)。
​ 高校卒業後、地元の大手自動車メーカーに就職。一日じゅう、立ちっぱなしで重い部品や道具を運ぶなど常に体を動かしていた。それが現在につながる体力の礎になったという。
​ 社会人になってからの趣味はバイク旅。週末や連休には、大型バイクで日本全国を旅していた。25歳だった06年のゴールデンウイーク、九州旅行をしていたときに、石田、浜中誠氏と出会ったことが、のちのチーム「嬉野すり~☆」結成へとつながった。 ※詳しくはTJAR連載Vol.22(石田賢生)参照

 バイク旅を始めたことが、それまで眠っていた阪田のアクティブでチャレンジングな面を引き出した。
 「誰もそう思ってくれないけど、もともと出不精で人見知りなんです。(いろいろな挑戦は)バイク旅を始めてからですかね。家から寝ずに北海道に行ってみたり、四国八十八カ所を廻ったり……。何もしてなかった反動で、やり始めたら止まらなくなった感じです」


06年のGW、バイク旅で訪ねた日本本土最西端の地、長崎県・神崎鼻で浜中氏と。右が阪田。
この後、佐賀県・嬉野温泉に移動し、野宿した公園で石田に出会う

 


四国八十八カ所をバイクで巡ったときの写真。別ルートでツーリングに来ていた浜中氏が撮影

 

 阪田がランニングを始めたのは、石田らと出会った直後だった。職場の先輩から06年冬のホノルルマラソンに誘われたのだ。
 「その先輩もまったく運動とかしていなかったんですけど、『俺らみたいな全然走らないような奴がホノルルマラソンを完走したら絶対ウケる』って言い出して。なんかのっちゃったんですよね」
 「ちょっと練習して」臨み、4時間24分で完走した。きつかったが、「せっかく完走したから、走るのをやめちゃうのはもったいない」と次のレースを探していたときに、富士登山競走を知った。
 「すごいバカバカしいレースじゃないですか。当時、雑誌で知って、完走率が低いと書いてあって、それ完走したらウケるだろうって(笑)」
 それまで、山に行くことはまったくなかった。
 「富士山の前に、地元・三重の藤原岳に行きました。小学校の遠足で登った山なんです。それ以外の山を知らなかったから」

 そして挑んだ富士登山競走。制限時間4時間半のところ、3時間50分でゴール。
「意外にいけましたね。そのとき、同じくらいにゴールした人と一緒に話しながら下りてきたんです。その人は、フルマラソンを2時間30~40分で走るという。オレ4時間20分だよと」
 富士登山競走を完走するには、フルマラソンで3時間半くらいの走力が必要だといわれている。余裕を持って完走した阪田は「自分は山に向いているのかもしれない」と感じ始めていた。

 翌月9月には、丹後半島ウルトラマラソン(100km)に出場。暑さの厳しい過酷な条件のもと、10時間台でゴール。
 「この結果で、自分のなかで『山で長い距離』ならイケる、という結論になった」と阪田。
​ そして、日本山岳耐久レース(ハセツネCUP)の存在を知る。「このレースは自信がある!」――そんな思いを持ち、08年大会に初挑戦することに決めた。結果は初出場ながら9時間16分で33位だった。
 「いや、すごいレースでした。今思うと、何もわかってなくて、怖いもの知らずだった。あの山がきついとか、そういうのを知らずに出たのがよかったのかもしれない。練習では長くても30㎞走ってないくらいじゃないですかね。ぺ―ス配分とか何も考えずにやっていました」

 この後、「ハセツネにはかなりはまった」と阪田。翌年には8時間39分まで記録を縮め、石田、浜中氏と組んだ「嬉野すり~☆」としてもチーム戦で3位に入った。11年には8時間9分で5位に入るまでに力を伸ばした。

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