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連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.25 2014年の勇者たち (20)朽見太朗

2016.06.08

2014年の勇者たち(20)朽見太朗 ナンバーカード3 8位(7日間02時間36分) ※初出場

松田珠子=取材・文

​ <魚津市・ミラージュランド~馬場島:1回、馬場島~一の越山荘:2回、一の越山荘~双六小屋:3回、双六小屋~上高地:4回、上高地~木曽駒高原:1回、木曽駒高原~木曽駒ヶ岳:2回、木曽駒ヶ岳~空木岳:2回、空木岳~駒ヶ根高原:3回、駒ヶ根高原~市野瀬:3回、市野瀬~仙丈ヶ岳:4回、仙丈ヶ岳~野呂川越:6回、野呂川越~三伏峠:4回、三伏峠~畑薙ダム:3回、畑薙ダム~大浜海岸:1回>(TJAR2014大会報告書より)

 TJAR14年大会、初出場で初完走した朽見太朗が、12~14年の間に行ったTJAR本戦装備でのコース試走実績だ。コースに足を運んだ日数の合計は、60日近くにのぼる。

 働き盛りの30代、多忙なビジネスマン。平日の帰宅時間はほぼ深夜になる。山に行けるのは週末のみ。可能な限り、休日はすべて山にあてる。山に行けないときは、低酸素設備を活用したトレーニングも積極的に取り入れた。
 史上最悪ともいわれた天候の14年大会では、初出場組の中で最も上位でゴールした。
 「正直、完走できないイメージはなかった」と朽見は言ってのける。そこには入念な準備に裏打ちされた確かな手ごたえがあった。



​14年大会、ゴールの大浜海岸。「海の水は温かかった」と朽見(写真=杉浦征人)


<“バドミントン一筋”から山へ>

 東京都出身、在住。中・高・大学とバドミントン一筋に打ち込んできた。就職後も社会人クラブに所属し、試合にも出ていた。「とりたてての成績はなく、一般社会人のレベルです」と朽見。だが30歳前後の頃は、週6日練習するほど熱中していた。長年取り組んできたバドミントンについて、朽見は次のように説明する。
 「バドミントンは我慢のスポーツ。相手よりミスを少なくするのがすべてのプレーヤーのめざすところで、そのためには気の遠くなるようなショットや動きの反復練習が必要です」
​ そんな競技を長く続けてきたことで、「同じトレーニングメニューを長時間、延々と繰り返す耐性はできた」と朽見。さらにバドミントンの特徴的な「動きと休みを何度も繰り返す間欠運動」は、細かい起伏のある山を走るトレイルランとの共通点もあるのだそうだ。
 

バドミントンに熱中していた頃。この頃のトレーニングが、現在の山での動きにも生かされているという(写真提供=朽見)
 
 もともと朽見は、バドミントンのトレーニングのために、日常的にランニングを行なっていた。23歳のときにはフルマラソンを完走している。
 07年、25歳のときに、書店でたまたま手に取ったランニング雑誌でトレイルランを知り、興味を持った。振り返れば、幼少の頃から両親がときどき山に連れて行ってくれていた。
 「長野県の入笠山とか八ヶ岳周辺とか、本格的な登山ではなく、ハイキング、トレッキングという感じです」
​ 長野県や山梨県の自然の中で過ごすのは好きだった。

 その後もメインで取り組んでいたのはバドミントンだったが、並行して、休日には高尾・奥多摩・奥武蔵など関東近郊の山でトレイルランを楽しむようになった。

 トレイルランを機に翌年には日本アルプスデビュー。初アルプスは、関東からアクセスしやすい南アルプスの鳳凰三山だった。
 「日帰りで行きました。すごく天気がよくて、薬師岳、観音岳、白砂のトレイルが目の前に開けて、すごい景色だなぁと……」
​ それまで足を運んでいた関東近郊や甲信越の2000m級の山々では見られなかった壮大な景色に感動し、一気にアルプスの魅力に引き込まれた。以来、アクセスがしやすい南アルプスに行く回数も増えた。

 TJARをめざすことを決めたのは、12年の秋だ。
 12年10月、朽見は、プロトレイルランナー鏑木毅、横山峰弘らが講師の「トレイルランニング・アカデミー in 熊野古道小辺路」に参加した。2泊3日で世界遺産の熊野古道を走るイベントだった。
 「2日目の夜、たまたま、(NHKスペシャルで)TJAR(12年大会)のテレビ放送があったんです。宿でご飯を食べてお酒を飲んで、19時半にみんなでテレビの部屋に集まって見ました。またこのイベントで、マウンテンランニングチーム『すぽるちば』のみなさんと知り合うことができたり、翌年に鏑木さん主宰の『チーム100マイル』に入るきっかけとなったりと、自分にとっては大きな転換点となるイベントでした」




​「トレイルランニング・アカデミーin熊野古道小辺路」​での1枚。「すぽるちば」メンバーとの出会いのきっかけともなった。
右端がプロトレイルランナーの鏑木氏、中央・プロトレイルランナーの松永紘明氏の右(後方)にいるのが朽見。(写真提供=朽見)
 

 TJARの存在自体は、ランニング雑誌の記事で08年頃から知っていた。アルプスに通い始めた頃だった。また、南アルプスの荒川三山に小屋泊した時には、隣になった人がちょうどTJARの試走をしているということでいろいろと話を聞いた。興味は持ったが「今の自分には無理だろうな」と感じていた。だがその日、テレビ画面を通して実際に選手たちが雄大なアルプスを舞台に己の限界に挑む姿を見て、自分の内面に奮い立つものを感じた。同時に「初めてレースの具体的なイメージが持てた」。中でも、制限時間を超えてもあきらめずにゴールをめざし走り続ける岩崎勉の姿が印象に残っている。
 「このときに、TJARで制限時間以内でのゴールをめざしたい、という気持ちになった」
 そう朽見は振り返る。当時、翌月11月の八ヶ岳スーパートレイル100マイル、翌年4月のUTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)を目標としていた朽見に、新たな目標が加わった。朽見は、14年大会をめざす決意をした。

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