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連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.27 2014年の勇者たち (22)田中尚樹

2016.06.30

2014年の勇者たち(22)田中尚樹 ナンバーカード17 DNF(7日間07時間00分 井川CPにてリタイア)※3度目の出場

取材・文=松田珠子

 「今まで生きてきて自分が出会った中で、いちばんおもしろい。こんなにおもしろいものを作ってくれた岩瀬(幹生)さんに感謝したい」
 10年大会から3大会連続で出場している田中尚樹は、TJARについてこう話す。大学時代に山と出会って以来、登山歴は20年を数える。「参加要件をクリアできるうちは…」と、16年大会へのエントリーも済ませている。


 大阪で幼少期までを過ごし、その後は三重県、京都と学生時代までは関西方面に住んでいた。
 「スポーツの経験はあまりない」と田中。高校ではテニス部に入ったが1年でやめた。好きだったのは、旅行、車、オートバイ。「高校を卒業した次の日に」中型オートバイの免許を取得し、ツーリングを楽しむようになった。
 「旅やアウトドアは好きで、バイクツーリングではテントに泊まったりするのも楽しかった」
​ 大学2年のときに、登山と出合う。
 
「友達がたまたま白馬山荘でバイトしていて、行ってみようかなと思ったのがきっかけです。最初は比良山系の武奈ヶ岳に登って、2回目に白馬岳に行きました。行ってみたらおもしろかった。景色がよくて気持ちがよかったし、達成感もありました」
​ 学内には登山系の部やサークルが複数あったが、「面倒くさそうで」それらには入らず、自分の気の向くまま、テントを担いで山に通った。
 「日帰り登山をしたことがないまま、最初から泊まりの縦走に行っていました」
​ それ以来、登山歴は20年を数える。

 大学卒業後は、大手自動車メーカーに就職、そのタイミングで上京した。大学院生になってから趣味に海外旅行が加わり、社会人になってからも年に数回は発展途上国へ。バイクツーリングの頻度は減ったが、登山は続けていた。
​ 30代に入ってトレイルランを始めたのは、ひょんなきっかけからだった。
 「普段用のシューズが欲しいと思ってたまたま買ったのがトレラン用のシューズだった。トレランって何だろうと思って調べたら、ハセツネ(日本山岳耐久レース)を知って、おもしろそうだなと。ランニングを始める前に、ハセツネにエントリーしました(笑)」
 06年、31歳のときだ。トレランシューズを買ったからといって、いきなり70kmを超える山岳レースにエントリーするという度胸に驚かされるが、自身はまったく抵抗がなかったという。
 「もともと山を歩くのは速かったんです。走るのは嫌いだけど、山を長時間歩くのは好きで、9時間くらいのコースを歩くことも苦ではなかった」
​ ハセツネはその延長のチャレンジ、という認識だった。練習として、コースに3回ほど通った。
 「試走というか、歩きに行った感じです」
 そして06年10月、初挑戦のハセツネは17時間台で完走。その後、OSJのレースなど各地のトレイルレースに参加するようになった。
​ トレイルランを始めた頃から、毎年夏休みを利用してアルプスを縦走するようになった。
 
「会社の夏休みがけっこう長いので、毎年、6泊7日くらいで縦走していました。テントを含めて25kgくらいの荷物を背負って……。基本的に一人です。その頃は友達とペースが合わなかった。6泊の山につき合ってくれる人もなかなかいなかった(笑)」

 08年夏、毎年恒例のアルプス縦走に出かけていたときだ。田中は北アルプス・扇沢から針ノ木峠に登り、稜線を南下して三俣蓮華岳を経て、剱岳へ向かっていた。偶然、TJAR開催のタイミングと重なっていた。
 「TJARの存在は、『アドベンチャースポーツマガジンか何かで知っていました。ちょうど縦走している最中に、TJARの選手が目の前を次々に通過していったんです。田中正人選手と紺野選手以外の3番目以降の選手は全員見たと思います」
 その中の数人とは言葉をかわした。
 「自分が5泊で行くところを『1泊で行く』と話していて、すごいなと思いました。田中陽希選手は”好きだから楽しい”とおっしゃっていたのが印象的でした」
​ すでにウェアが泥だらけだったり、ストックが曲がっている選手もいた。レースの過酷さが伝わってきた。同時に、選手たち皆が眩しく見えた。
 「そのとき出会った選手がみんな、目がキラキラしていた。かっこいいなと……」
 自分もこのレースに挑戦してみたい――。その思いが強くなった。田中はさっそくこの年の秋、TJAR報告会に参加した。そして報告会で入手した報告書を読み込んだ。

 翌年、田中は一度、全コースの試走に挑んだ。
 「まずは自分でやってみようと思って、09年の夏休みにチャレンジしました。ちゃんとゴールできたらエントリーしようかなと。北アルプスはずっと雨でひどかったですね。北アルプスを下りて怖い道路(上高地からのトンネル区間)を走りながら、マメだらけで。でも天気が回復してからは、景色がよいのが続いて、気持ちがよかった」
​ そして11日ほどかけて大浜海岸に着いた。
 「夏休みの最後の日の夕方にかろうじてゴールしました。最後に頑張って、ギリギリ新幹線に間に合いました」
​ 単独での挑戦のため、サポートもデポジットもなし。
 「レースじゃないので、途中で温泉にも入って筋肉を温めたりしながら……。槍ヶ岳とか登れるところは全部山頂まで行ったので余計に時間がかかりました。畑薙ダムからの最後のロードは食料がなくなって、ガス欠がひどかった。よく進めたなという感じ(苦笑)。山が好きだからできたのかな」
​ 全コースを踏破したことで、田中は10年大会へのエントリーを決意した。



14年大会、開会式の様子。ビブスナンバー17が田中(写真=杉村 航/MtSN)

 

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