MtSN

登録

連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.29 2014年の勇者たち (24)紺野裕一

2016.07.11

2014年の勇者たち(24)紺野裕一 ナンバーカード18 7日間19時間20分、10位 ※3回目の出場

取材・文=松田珠子

 TJAR2008、2010年、2大会連続で準優勝している紺野裕一。3連覇中の望月将悟がTJARに出るきっかけをつくった人物でもある。
​ 12年大会は仕事の都合で出場できなかったが、田中正人らとともにNHKの取材をサポート。14年大会は、持病の椎間板ヘルニアの影響で十分な準備ができないまま出場、終盤は満身創痍になりながら、それでもあきらめずに大浜海岸をめざした。最終日、7日19時間20分でゴール、ヘルメットを海につけるシーンは多くの感動を呼んだ。



ゴールの大浜海岸にて。紺野は「感謝の気持ちをこめて」ヘルメットを太平洋に浸した(写真=小関信平)


<山小屋アルバイトで山の楽しさ、厳しさ、魅力を知った>

 中学ではバスケットボール、高校ではラグビーと球技系のスポーツを愛好してきた。山との出会いは学生時代、20歳のときだ。学費を稼ぐためアルバイトを探そうと、求人誌をめくっていたとき、目に止まったのが「富士山の山小屋スタッフ募集」だった。それまで、山といえば学校行事で高尾山や筑波山に登った程度の経験だったが、「富士山も一度登ってみたいし、おもしろそうだな」と応募。採用となった。
​ アルバイト先は、御殿場口八合目の山小屋だった。
 「山小屋の主人と一緒に、ブルドーザーに乗せてもらって、2時間半くらいで一気に登りました」
 初めての富士山で、一気に標高3300mの地点まで登り、「気圧に体がついていかず」3日くらいは高山病で苦しんだ。慣れると仕事も生活も刺激的で、1カ月以上、山小屋で働いた。

 当時を振り返って紺野は語る。
 「御殿場口は登山道の距離が長いので登山者は少ないが、毎年8月初旬に富士登山駅伝が行なわれていた。その時期、自衛隊の選手たちが山小屋に泊まって、周りを走ったり、山頂に行って帰ってきたりしていたのを見て、こんなに空気の薄い所ですごい人たちだなと」
​ 駅伝当日は小屋のスタッフも手伝いに駆り出された。間近で見る駅伝のスピード感、迫力にも圧倒された。
 「そのときは、自分が走ることなんて考えていませんでしたが、山を走る姿はかっこいいなと感じました。あの日の出来事は強烈に印象に残っていますね」

 富士山でのアルバイトはその年だけだったが、「ほかの山小屋でも働いてみたい」と、翌年以降、御嶽山、南アルプスの三伏峠小屋でのアルバイトも経験。山小屋スタッフとしての生活は通算6シーズンに及んだ。
​ この間、「山の楽しさ、厳しさ、魅力を知った」と紺野は振り返る。またボッカ(山小屋への荷揚げ)は紺野にとって大きな経験だった。
 「御嶽も三伏峠の小屋も、ボッカをやりました。それがかなり有意義な時間でしたね。山に入ってすぐは苦行に感じますが、だんだん重いものが運べるようになります。他のアルバイトの方たちと重さや速さを競いながら、最終的には40kgくらいの荷物をボッカしていました。体力がつくのも嬉しいですし、三伏峠は荷物の重さで報酬がプラスされたので、それも魅力的でした(笑)」

 山小屋での仕事が板についたころには、休憩時間に自然と山を走るようになった。三伏峠小屋で働いていたときは、塩見岳往復コースが定番だった。
 「富士山のバイトのときから山の下りは走っていました。あの景色の流れが心地良いので。三伏峠小屋のときは、朝、登山客が出発して次のお客さんが夕方到着するまでの間は交代で休憩をいただけます。『3時間くらい好きなことしていていいよ』と言われ、塩見岳まで3時間あれば余裕をもって往復できたので、よく出掛けていました」
​ 登山地図のコースタイムでは8時間以上の道のりだ。この頃のトレーニングが、現在の紺野の体力の基盤になっているといえる。

 トレイルランのレースに出るようになったのは、2005年、30歳の頃からだ。雑誌『山と溪谷』に載っていた、北丹沢12時間山岳耐久レースの記事を見たことがきっかけだった。
 「こんなレースがあるんだなと。当時の自分は、山を長時間歩くことと下りを走ることは自然とやっていたので多少は勝負できるかなと思って、エントリーしてみました。北丹沢のコースはアップダウンがけっこう厳しいのにみんな速くて、登りも走れる人は特にすごいなと思いましたね」
 同じ年の秋には日本山岳耐久レース(ハセツネCUP)にも出場。「最初はやっと12時間を切る程度でした」(紺野)
 それ以来、毎年のように出場するようになった。
 「だんだん山での走力が向上し、レースでもっと記録を狙ってみたい、と思うようになりました」
 トレイルランに打ち込む一方で、夏には山にも足を運んでいた。
 「夏と秋はアルプス、特に南アルプスにはよく行きますね。長く連なっているほうが一気にいろいろな山を楽しめるので……。3泊4日くらいでそれなりの荷物を背負って、それなりのスピードで、欲張りに移動計画を立てて、いわゆるスピード縦走登山です」

関連ニュース