MtSN

登録

連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.35 2014年の勇者たち (30)望月将悟

2016.08.04

2014年の勇者たち(30)望月将悟 ナンバーカード12 5日間12時間57分、優勝 ※3度目の出場

取材・文=松田珠子

 この究極の山岳レースにおいて、圧倒的な強さと存在感を見せている、TJAR3連覇中の望月将悟。静岡市消防局に勤務し、山岳救助隊員として県内南アルプス山域で活動する山のスペシャリストである。
​ 数十キロの短めの距離から超長距離のレースまで、幅広いジャンルで強さを見せる。15年2月の東京マラソンでは、40ポンド(18.1kg)の荷物を背負ってのフルマラソンでギネス世界記録に挑戦、それまでの記録を大幅に更新する3時間06分16秒でギネス記録を樹立した。ことに“規格外”の挑戦で強さを発揮している。
​ 4連覇がかかるTJAR2016への出場にあたっては、迷いもあった。
 「注目してくれて、応援してくれる人がいる。自分の限界はまだ先なんじゃないか? 身体は元気だし立ち止まっていても何も始まらない。悔いを残さずやってみよう」と、一歩踏み出すことを決めた。



14年大会、立山室堂をめざす望月(写真=杉村 航/MtSN)

 

 TJARのコース上でもある南アルプス南端の山間地、井川地区(現・静岡市葵区井川)で生まれ、自然豊かな環境で里山を駆けまわって育った。実家は農家で、小学生の頃から家業の手伝いに駆り出された。山から茶葉や椎茸を詰めた重い竹カゴを担いでトラックまで運ぶのを何往復もするのは日常のことだった。そうした環境で足腰が鍛えられ、かけっこでは負けたことがなかった。中学校は自宅から10km離れたところにあり、通学バスもあったが、毎日走って帰っていたという。
​ 望月のルーツは井川にある。本人も「子どもの頃の生活が今の自分の土台になっている」と話す。

 高校卒業後、静岡市消防局に入った頃は、アルプス級の山に登ったことはなかった。20歳の頃上司に連れられて2泊3日の南アルプス(北岳~茶臼岳)を縦走したのが、望月にとって初めての本格的な山行だった。

​ 持ち前の脚力を買われ、99年からは国体の山岳競技の縦走(17kgの荷物を背負い、タイムレースで競う)に静岡県代表選手として7年連続で出場。今や国内屈指のトレイルランナーである鏑木毅、奥宮俊祐、後藤豊、松本大らとそこで競ってきた。
​ トレイルレースに出るきっかけは「自分一人では練習も追い込みも限界があったから。人と争うことで負けた悔しさ、勝った喜びを感じることができた」。

 

<TJARへの挑戦>

 TJARを知ったのは、08年。消防士になってからは静岡市街地に居を構える望月が、お盆休みに井川の実家に帰っていたとき、「ボロボロの姿で走る」紺野裕一を見かけた。望月は運転していた車を停め、声をかけた。ともにトレイルレースの入賞の常連であり、面識はあった。
 その時の印象は、今でも望月の中ではっきりと残っている。
 「真っ黒に日焼けした顔と足。服は汗なのか雨なのかわからないけど濡れていた。ギラッとした目が印象的だった。声をかけたら、にっこりといつもの優しい笑顔で答えてくれました」
​ そのときまで、望月は、TJARのことを知らなかった。自分が生まれ育った井川地区を通過する――しかも、日本アルプスを縦断するという壮大さに心惹かれた。
 「この大会に出たい」――。このとき、望月に新たな目標が加わった。

 初出場の10年大会。「自分の中で、イケるんじゃないか、という自信があった。怖さはまったくなかった」と望月は振り返る。
 「トレイルランレースの感覚で」、最初のロードから積極的に飛ばしていった。山岳エリアに入ってからも快調だったが、ハイスピードで入ったことが響き、剱岳、立山と越えていくうちに余裕がなくなっていた。五色ヶ原を過ぎると眠気に見舞われた。
 「薬師岳あたりで、体調がすぐれなくなって……。早々に潰れてしまった」
 薬師岳を越え、ふと後ろを向いたときに、追いついてきた紺野と駒井研二の姿が見えたときには、一瞬、幻覚かと思ったという。
 「TJARに出た選手から『幻覚が見える』という話を聞いたのが頭の隅にあった。後ろの山影に2人の姿が見えたときは『あれは幻覚か? 幻覚であってほしい』と」
 しかし幻覚ではなかった。ペースダウンした望月に、紺野、駒井が追いついた。そのまま先行されるのかと思ったが、2人から掛けられた言葉は、望月にとって予想外のものだった。
 「望月君、大丈夫? 飛ばしたねぇ」
 「一緒に行こうよ。1人で行くより3人で行ったほうがいいよ」
 望月は、次のように振り返る。
 「あれっ、これ、レースだよね、と。そのとき、自分の中では限界まで飛ばしていて、追いつかれたときはショックも大きかった。新参者が無茶して潰れて、ハイお先に、と置いていかれるものだと思っていたのに、なんで優しく声をかけてくれるんだろうと」
 そこから、3人で「和気あいあいと」進んだ。
 「その後は、南アルプスまでずっと前後しながら。『自分は眠いので、10分寝ていきます』とか『足を冷やしてから行くから、先に進んでて』とか……。でもいつでも顔を合わせると最初に『望月くん、大丈夫?』と気にかけてくれた。それまで自分が出ていた山岳レースやトレランレースと全然違った。TJARの選手ってすごいなと」

 道中では、前回大会優勝者でこの年は実行委員に専念していた田中正人の応援も力になった。
 「自分との勝負はここからだ、という言葉をかけてもらった。このレースで優勝している人の言葉は力がある。前に進む力をもらいました」

関連動画

関連ニュース