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【連載】丹羽 薫のUTMBレースレポート第4話 ~総距離170km、累積標高差1万mに及ぶ、美しくも過酷な旅UTMB

2016.11.11

 UTMB 2016で女子8位に入賞し、日本人女性選手として初めてUTMBの表彰台に登った丹羽 薫さんによるレースポート。第4話では、140km~170kmのフィニッシュ地点手前までを最後の力を振りしぼって進む丹羽さんの様子をお伝えします。丹羽さんがUTMBをめざすきっかけとなったある人に励まされ、落雷におびえながらも、諦めずにひとつでも順位を上げようと前の選手を追って走ります。

 

文=丹羽 薫

トリエント(140km)~ヴァロルシーヌ(150km)
 
私は、元々スキーからトレイルランを始めたこともあり、ポールを使うのが得意です。特にUTMBのコースは、ポールが非常に使いやすく、有効です。特に最後の3つの山では本当に助けられました。私の使用しているポールは、オーダーメードの"Runblur RS-98"といわれるもので、私が使用しているサイズだと、2本合わせても130gほどしかありません。そのため、持っていてもまったく手に負担にならないのです。

 146km地点のカトーニュ(Catogne)のピークにたどり着き、「あとはラスボスの山を残すのみだ!!」と喜んだのですが、膝がきしんで思うように下りでペースが上がりませんでした。さらに、股関節や脚のすべての筋肉が悲鳴を上げている感じで、膝にテーピングを貼っても、ペースが上げられそうもないので、このまま最後まで押し通そうと決めました。

 


150km地点のヴァロルシーヌのエイドに到着。オーダーメイドのポールがとても役に立った Photo by Onodera

 

 今まで、胃腸がやられて食べ物を受け付けないという状態にはなったことがないのですが、さすがに最後のサポートエイド、150km地点のヴァロルシーヌ(Vallorcine)では、暑さと疲労で甘いものが食べたくなくなっていました。ジェルを水で薄めてフラスクに入れてもらうようにサポートクルーには頼んでいたのですが、途中からジェルが原液のまま入っていたため、高粘度の液体を吸い出すことを考えただけで、補給をするのが嫌になってしまいました。自分でフラスクに水を入れて、ジェルを薄めるだけの簡単なことなのですが、疲労困憊で何をするのも億劫になり、エイドでしっとりしたケーキやクッキーなどを食べるのみになっていました。ジェルに辟易とした状態のなか、最後までおいしく食べられたのは、なんとチームメイトが日本からわざわざ持ってきてくれたおにぎりせんべいでした。まさか、ここでおにぎりせんべいに救われるとは! そして、オルガニック。この味だけは最後まで嫌になりませんでした。

 


暑さで甘いジェルを受け付けなくなっていた時、日本から持ってきたおにぎりせんべいに助けられた Photo by Onodera

 

まさかの鏑木 毅さんの登場で、消えかかっていた闘志に火がついた!  
 
ヴァロルシーヌ(150km地点)で、サポートクルーに「後続の選手とは離れているから安心して進んでいい。ゴールで会おう!」と送り出され、私自身も「ここまで来たら完走できれば10位以内に入っているだろうし、のんびり行こう」ぐらいの気持ちでいました。

 ヴァロルシーヌを出るとしばらくは線路沿いの平坦な林道を進みます。普通ならガンガン走れるところですが、もうそんな気力は残っていませんでした。トボトボと歩くぐらいの速度で走っていると、驚いたことに鏑木 毅さんが現われたのです!

 「えっまさか! なんで?」と思いながらも、こんな姿を見られてバツが悪く、「もうヘロヘロですよ~」と言い訳のように苦笑しながらつぶやきました。

 鏑木さんは「ここで笑ってられるのはすごいよ」と逆に力づけてくれ、「前の女子選手との差は10分ぐらいあるけど、ものすごく疲れていたから、丹羽さんが頑張ればきっと追いつけるよ!」と言い、守りに入っていた私の闘志にもう一度火をつけてくれました。

 「本当に多くのみんながシャモニーで待っているから!」と、鏑木さんに言われ、「そうだった。みんなを待たせ過ぎちゃダメだ!」という気持ちが湧いてきました。

 


突然現われた鏑木 毅さんに励まされ、再び闘志に火がついた Photo by Kaburaki @ Vallorcine

 

ヴァロルシーヌ(150km)~シャモニー(170km)の手前
 
鏑木さんからは、雷鳴が聞こえているので天候に注意すること、ここからは意外に長いからハンガーノックに気をつけること、というアドバイスをもらい、送り出してもらいました。

 「そうだ、最後まであきらめずに前を追うことを忘れていた! これではダメだ!」と奮起して、今まで吸うことに疲れたという言い訳で摂取しなくなっていたジェルを、フラスクの吸い口を開けて直接口に流し込み、水で飲み込みました。

 ガシガシと最後の159km地点のテットーバン(Tete aux Vents)までの登りを突き進んだのですが、自分の気持ちに反して、雷雨はどんどん激しくなりました。暗くなってきたため、ウエストライトをつけ、登りながらヘッドライトも装着し、いつでも使用できる準備をしておきました。

 稜線に出るまでになんとか雷鳴がおさまりますようにと祈りながら登るも、一向におさまる気配はなく、むしろ光ってから音が聞こえるまでの間隔を数えていると、どんどん短くなっているようにさえ感じました。落雷に遭う怖さから、稜線上の岩場でなるべく姿勢を低くしながら進み、「これは命をかけるに値することなのか?」と自問自答しながら、ひたすら前にいる選手を追い続けました。雨もどんどんひどくなり、霧も発生し、レインウェアを羽織るかどうか悩みましたが、その間に前の選手に引き離されてしまうので、このまま最後までいけるなら我慢しようと走り続けました。

 最後のエイドである、162km地点のフレジュール(Flégère)までがとても長く感じ、さすがに寒さに我慢できずにレインウェアを羽織り、グローブをつけてエイドの光が見えてくるのをめざしましたが、この時点でもう前の選手に追いつけないと諦めモードになってしまいました。落雷に遭わずにフレジュールに到着して、ようやくホッとすることができました。

 体を温めるため、今までエイドで一切食べなかったパスタ入りスープを食べたところ、急に気力が回復し、素早くエイドを後にして最後の下りに向かうことができました。この長い下りを終えたら、ついにフィニッシュ地点のシャモニーです! もう、脚は限界でペースが上がりませんでした。登りで抜いた男子に抜き返されながらも、めげずに最大の力で自分をプッシュして下りました。この時、この下りが果てしなく長く感じました・・・。しかも、見慣れた日本のトレイルみたいで、飽きてきていました・・・。

 

 

【連載】丹羽 薫のUTMBレースレポートは第5話へつづく

【連載】丹羽 薫のUTMBレースレポート 第1

◆【連載】丹羽 薫のUTMBレースレポート 第2話

【連載】丹羽 薫のUTMBレースレポート 第3話

 

 

丹羽 薫(にわ・かおり) 
三重県で生まれ、岡山で育つ。高知での大学時代はヨットに明け暮れ、卒業後はオーストラリアへ。念願だった馬の調教などの仕事に携わる。帰国後は神戸に住み、六甲山で犬の散歩をしながらボルダリングやスキーに熱中。結婚して京都に引っ越してからトレイルランニングと出会い、元々山やキャンプなどのアウトドアが好きだったのもあり、すっかりはまる。じつは結構ゲーマーだったり、ピアノも習っていたが全部やめて、現在はトレイルランとスキー三昧の現在を送っている。愛犬と野山を駆けめぐるのが最高の幸せ。(写真=新名健太郎)
◆丹羽 薫さんのMtSNマイページへのリンクはこちら

 

【2016の戦績】
第2回 奥三河パワートレイル 70km 3位
第2回 Mt.Hiei INTERNATIONAL TRAIL RUN 50km  4位
UTMB 170km 8位
UTMF(短縮コース)44.8km 3位
志賀高原エクストリームトレイル 60km 優勝

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