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いいのわたるの極地レースレポート「Everest Marathon」

2017.07.18

文=いいのわたる

 

 エベレストマラソンEverest Marathonとは、ネパール側からのエベレスト登山のベースキャンプ(標高5364m)をスタートし、標高3440mのナムチェバザール(写真の町)まで駆け抜けるレースだ。カテゴリーは60㎞、42㎞、21㎞の3つがある。
 また、高所順応が必要になるため、主催者指定の旅行会社によるツアー参加が義務付けられている。日本から参加する場合、日程は5月16日もしくは17日にカトマンズ集合。飛行機でエベレストの玄関口であるルクラ(標高2860m)に移動して、そこから約10日間をかけてベースキャンプまでトレッキングしていく。レース開催日は毎年5月29日と決まっており、レース後下山して再びカトマンズに戻り、打ち上げパーティをして6月3日解散。参加費38万5000円(日本~カトマンズ渡航費は含まない)。
 なお、ルクラのテンジンヒラリー空港は世界でも有数の危険な空港と呼ばれ(滑走路がたった460m!)、気象状況がよくないとすぐに欠航になるため、場合によってはヘリコプターをチャーターする可能性がある。その場合は費用$2500がプラスされる。

<スタートラインに立つまでがひとつのゴール>
「今朝6時、シンガポールの女性選手が亡くなりました。。。」
 チャイを飲んでいる手が止まった。ここは標高4928m、ロブチェのロッジである。エベレストの玄関口となるルクラをスタートしてトレッキング9日目。空気もすっかり薄くなり、ジョグをするだけでも息が切れるほどになってきた。
 そしていよいよ今日は5000m超えというところでの朝食時、ポーターの言葉に耳を疑った。

「うそでしょ? なんで?」。即座に聞き返した。一昨晩、昨晩と、彼女らシンガポールチーム4人とはロッジが同じで、食事の際、よく話をしていた。
 その女性は食欲こそなかったが、変わった様子はなかった。原因は例によって高山病とのこと。呼吸の浅い睡眠時、十分に呼吸ができず、朝、酸素ボンベを使ったものの間に合わなかったとのことである。こんな身近に話していた人が突然いなくなるとは衝撃的であった。この数日後、標高5364mのベースキャンプで更に1人が亡くなり、スタートを迎えるその日までに20名以上の選手がヘリコプターで下りていくという、壮絶なレースの幕開けとなった。


エベレストのベースキャンプ
 

氷河のすぐ横からスタート

 

<提出物は健康診断書だけ>
 このレースは誰でも参加することができる。通常、長い山岳レースやウルトラマラソンでは、過去に出場したレース経験が参加条件であったりする。それに比べると、医者に出場を納得してもらいさえすればよく、なんとも手軽である。ホームページには高山対策も載せてあるが、月並みなことしか書かれていない。
 じつは私自身も、「どうせ標高5300mから3500mまで一気に駆け下りるのだから、気にする必要はないだろう」と、あまり熟読しなかった。

<全然"マラソン"じゃなかった100%トレイルレース>
 想像では、エベレストの麓は観光地化しているし、マラソンという名がついているのだから、きっとコースの大半がロードになっているに違いない。
 さらに友人たちからは、アップダウンがたくさんあると聞きつつも、スタートとゴールで標高差1800mもあるのだから、下り基調だと思っていた。
 ところがめちゃくちゃ登りがあった。特に60㎞については、始めとラスト数キロは一気に下るが、その他は常に4000m付近を登ったり下ったりしているのである。
 コースマップとはだいぶ違う印象であった。そしてコースはほぼ100%トレイル。所々に石の階段があるが、不規則に並んでるうえ、浮石もあるのでテクニカルな個所もある。

 日本も含めて世界にいろいろなトレイルレースがあるが、ここまでトレイル率の高いコースは初体験だった。
 そしてここまで書いてようやくこのレースを褒めるが、景色の移り変わりが素晴らしかった。スタートは氷河を横目にガレ場が続き、荒涼としていて乾いた土、5000mより下がると徐々に緑が見え始め、草原、稜線を走り、森の中を抜け、林の道を抜け、いくつもの村を通りゴールに辿り着く。もちろん顔を上げればいつでも6000m級の山々のパノラマに息をのむのだが、しっかり呼吸を意識しないと苦しいことこのうえない。

<レースに向けての準備>
 まずは高山病対策。体質や年齢で違いがあると個人的には思うが、可能であれば事前に最低でも4000m程度の山に登って慣らしたいところである。
 日本から近い山だと、中国・四川省の四姑娘(すーくーにゃん)山(大姑娘山5025m)登頂や、マレーシアのキナバル山(4095m)辺りだろうか。国内ですませるとしたら、少し低くなってしまうが、やはりいちばん高い山でいえば富士山(3776m)となる。高所対策として富士山の頂上火口を何周も走っているトレイルランナーも多いようだ。
 だが、高所に長く滞在して体で慣らすという意味で、山小屋に数泊することを考えるなら、私は富士山より北アルプスや南アルプスのほうが好きだ。北アルプスの奥穂高岳(穂高岳山荘)や北穂高岳(北穂高小屋)、槍ヶ岳(槍ヶ岳山荘)か、南アルプスの北岳(北岳肩の小屋)や赤石岳(赤石岳避難小屋)などがおすすめだ。いずれも山小屋は3000~3100m付近に位置している。

 一方、市街でも低酸素による擬似高山トレーニングもできるが、1回にいる時間は1~2時間なので、よほど通いつめるか低酸素室内で泊まるプランでないと気休め程度でしかなく効果は薄いと思う。
 私はレース1カ月前になると、パフォーマンスを上げるため低酸素カプセルに行くが、高山病による頭痛対策などにはならないと思う。

 次に食事。レース当日まで徐々に高度に慣れるため登っていくことになるが、宿泊するロッジはどこもほぼ同じメニュー。ネパールの定番料理ダルバート(写真)を始め、チャーハンや焼きそばなど日本人の口に合うものもあれば、ピザやパスタ、Roschti(ポテトでできたパンケーキのようなスイスの郷土料理)など種類が豊富にある。しかしながら、どれも味が単調でだんだん飽きてしまい、人によってはその匂いだけで体が受け付けなくなってしまうこともある。よって、あまり慣れてない選手は日本食をしっかり持って来たほうがよいと思う。私の場合はそういった食事に慣れていると思い、毎回必ずガーリックスープを頼み、いろいろなメニューを試したが、さすがに後半の2日間は食欲が減った。ただしベースキャンプで2泊した際の食事は違うもので、野菜もふんだんに使っていておいしかった。

 そして語学。順調に進んでいればよいが、山に入ると体調の変化が起きやすいので、できればガイドやベースキャンプのドクターとコミュニケーションを取れるようにしておきたい。
 幸いにもこのエリアのネパール人は英語が話せるので何か起きたときは頼りにできる。相談せず我慢して登って症状が悪化して、入院という事態は避けたい。
 私の場合はベースキャンプまで順調に来ていたものの、レース前々日にダイニングテントで選手たちとご飯を食べている間に風邪をもらってしまい、40度の熱に加えて咳が止まらなくなった。結局レース当日も治らず、行ける所まで行ってつらかったらリタイアを考えようと思い、60㎞レース×1回ではなく、1㎞レース×60回だと思うようにして、少しずつ、時には歩いて歩を進めた。結果的に11時間半で7位ゴールとなったが、トップ3は7時間前後でゴールしていた。もちろん全員がネパール人で、軍人だった。

 

 

<今後参加する選手に>
 高所対策の練習をするしないは別にして、実際にこのレースに出た際「なんだ、思ったより楽にスタートラインに来られたじゃん。飯野が言っていたことは大げさだったな」と思われるかもしれない。
 その選手は体質的にも高度に耐性のある選手かもしれないので、是非その元気をレースでネパール選手にぶつけてみてほしい。また別の世界を見られることに違いない。

Everest Marathon http://www.everestmarathon.com/

 
 
飯野 航(いいの・わたる)
砂漠などの極地レースで圧倒的実績をもつウルトラランナー。2016年5月、ナミビアのサハラ砂漠で行なわれたサハラレースで優勝。また、つい先日、アメリカで開催されたBadwater135を、日本人男子として初制覇した。現在はインドのチェンナイ在住。そのベビーフェイスからは伺い知れない実力は計り知れないものがある(写真=山田慎一郎)。

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