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【連載】国内外のトレイルを駆けめぐる、大瀬和文の “GOOD LUCK!" Vol.5 TDSでトップ10入りをめざして(後編)

2018.01.23

ウルトラトレイルを得意とするトレイルランナー大瀬和文さん。
大瀬さんの連載第5弾は、2017年のメインレースのひとつに設定した「TDS」(119㎞ / D+7300m)の参戦記。トップ10入りをめざしたTDSのレース後半、厳しい暑さのなか、手持ちの水が底をつき、脱水症状が現われてきました。レースの行方は?

 


文=大瀬和文

脱水症状が現われた

エイドでしっかり補給し、着替えもして、満足して気が緩んでしまったのかもしれない。追加で持とうとしていた500mlの水が入ったボトルを忘れてしまった。時間はちょうど正午。日差しを遮るものもなく、気温はどんどん上がってきた。TDSは例年よりも暑いなかでのレースになってしまった。

「暑い・・・。もう水がない・・・」
標高2000mの山を越えてから、さらに500m登るのだが、暑さで少し朦朧としてきた。脱水だろうか。手足も痺れて脚に力が入りにくくなってきた。吐き気もする。

「ヤバイなぁ」と思いながら、ペースを少し落として登っていくと、応援する声が聞こえてきた。山頂付近に選手の写真を撮っている人達がいたが、笑い返す余裕もなく、「水を持っていたら分けてくれ」と言いたくなるくらい、体調が悪くなっていた。

 

 


暑さと水不足で脱水症状が出てしまい、朦朧としながらもコースを進む (写真=Dogsorcaravan)

 

やっと山頂に辿り着き、民家を発見した。その民家に水場があった! 一心不乱に水を飲み、消耗した体力を補うためにジェルを一気に3つ摂取した。

吐き気はあったが、ジェルは飲めた。そして、水を飲んで一息すると、少しずつだが体調が回復してきたのがわかったので、歩みを止めず前へ進んだ。ここから少し先にチェックポイントがあった。他の選手もやはりキツイ状況だったのだろう。2人の選手が座りこみ嘔吐していた。

ここからは、大きな登りはないが、鎖場のあるテクニカルなパートを下って、林道のようなトレイルを走る。調子が戻ってきて、それなりのペースで走れるようになっていた。しかし、やはり前の選手との差がつき過ぎてしまったのか、前の選手の姿がまったく見えない。前の選手を追っているうちに、86㎞地点のエイド Col du Joly(ジョリー峠)に到着した。

 

 

順位は7位。この順位を守りたい!

86㎞地点のジョリー峠に着くまで自分が何位かなど知らず、「たぶん20位前後かな?」思っていた。エイドに着くなり、5人ぐらいの人が集まって来てビックリした。なにかと思ったら、10位以内の選手だけが付けるGPSを渡された。そのとき初めて自分が7位だと知った。そして、前の選手との差もそんなに離れていないと聞き、「ここからは勝負をしていかなければならない」と気を引き締め直した。

次のエイドまでは下り基調の10㎞。前の選手に追いつこうとペースを上げて進んだ。
しかし、水を飲むと吐き気を感じるようになっていた。ジェルなどは飲めるのだが、水がどうも喉を通らない。エイドに着くと、準備していた電解質ジェルは飲めた。しかし、水はやっぱり飲めなくなっていた。こんな状態でも休んではいられない。休んでいる間にも、前の選手に離され、後ろの選手の追いつかれてしまう。プレッシャーの中、歩みを止めることなく進んだ。

いいペースで走れてはいるが、体調が悪い。吐き気も少し感じている。体も火照っていて暑い。
持っている水が飲めないので、口に含んでしのいだ。飲めない分、被り水にした。

111㎞地点のLES HOCHES(レ・ズッシュ)のエイドに着いた。着いてすぐに、「出発する」とサポートに伝え、水の補給とジェルなどの補給をした。コーラはかろうじて少し飲めたので、ゆっくりと口へ入れて、スイカなどの果物を摂取する。あとはCol de Tricot(トリコット峠)という大きな山を越えて、下ればもうフィニッシュだ。
「最低でもこの順位をなんとしてでもキープしてゴールしたい」

エイドを出るときは元気になった思ったが、それは束の間で、しばらくすると、足は動くが頭からの司令がうまく出せず、体がうまく動かせないような感じになった。それでも最後の山の麓へ到着すると、標高差約1000mの登りが目の前に現われた。
「よし、登りならまだいける」
ポールを取り出し登り始めた。

「キツイ・・・。気分が悪い、目眩がする」
そんな状態でも立ち止まらず登り続けた。

「歩みさえ止めなければ、前に進める。そして、ゴールできる」
その一心で、動かない体に「動け!」と命令しながら進んだ。

途中ジェルを取ってないと思い、摂取しようと口へ運んだが、吐いてしまった。また、水を飲もうとして口に含むと、それだけでもまた吐いてしまった。吐くと、それだけでかなり体力が奪われてしまうのだ。本当に苦しい時間だった。

 

記憶を取り戻したときには・・・

日が暮れてきて、山頂らしきところに明かりが見えた。
私がフラフラで歩いているのを見て、医療スタッフらしき人が何かを言っている。「大丈夫か?」「英語は話せるか?」など聞かれたが、声を出せない状況だったので、手で合図した。キツかった。もう出せるものを全て出しきってしまっている、そんな感じだった。

そこからスタッフに前後を挟まれるように歩み続けて、決死の思いで登りきった。あとはこの山を下って、平坦なコースを走れば、フィニッシュ地点のシャモニーだった。しかし、登りきってからの記憶はほとんどなかった。登りきることで本当に全てを出しきってしまったのか、気がついたら、テントの中で点滴を打たれていた。

タイム計測のチップも回収され、どうやらもうDNF(リタイア)になってしまったようだ。今までなら、泣くほど悔しかったと思う。なんとしてでもゴールへ行こうと思っただろう。でも、今回はなぜかスタッフの顔を見て笑顔になった。もう走らなくていいという安堵感なのか、自分の安全が確保できているという安心感なのか。いや、私の中でやれる事はやって出しきったと言う満足感だったのかもしれない。この時は悔しい思いはなかった。

全てを出しきった結果、意識を失い点滴を受けている。泣いても笑っても現状はどうにも変えられないことを理解し、受け入れた。
さっきまで、立っているのがつらかった自分が、まるで嘘のように回復していた。それもそのはずだ。私は4時間近くも寝ていたのだ。

 


意識を取り戻すと、ナンバーカードから計測チップが回収されていた。それを見て、リタイアしたと知った

 

2017年のTDSは特別な経験

体調が良くなり「自分で歩けるか?」のスタッフの言葉に「大丈夫。歩いていく」と返し、テントを出た。外にいる選手が私に握手をして「ブラボー!」と言ってくれた。それはまるで私がゴールしたかのような気持ちにさせてくれる握手だった。

そこから麓のエイドまでの約4㎞を歩いて下っていった。街まで下山してきた私を、エイドスタッフは温かく迎えてくれた。MCの女性も「welcome!」、「congratulation!」と、言ってくれた。「なんで、おめでとうなんだ?」と思ったが、自分の足でここまで無事に来られたことを祝ってくれていたようだ。

エイドのスタッフに連れられて、回収バスを待っていると、大会スタッフの若い男性が「シャモニーまで送っていくよ」と言って、私を車に乗せて送ってくれた。その男性は、「君の走りを追っていたよ。途中まで良い走りだったよ!」と興奮気味に話していた。車から降りる時、彼に「来年も帰って来てくれるよね?」と言われた。私は笑顔で応えた。

2017年のTDSは脱水と低血糖で倒れ、表彰台まであと少しのところでリタイアになってしまった。悔しい。しかし、表彰台に登れるかもしれないという興奮を味わうことができた。また、倒れてしまったことで、人の優しさに触れ、さらにトレイルランニングが好きなった。

2018年、またTDSに出場することにした。コースもわかっている。昨年の経験を生かし、今年こそTDSで表彰台に登る。このままでは終われない。

 


リタイアに終わったTDSのストラップはまだ外していない。悔しさを忘れないために(写真=一瀬立子)

 

 

 

大瀬和文【おおせ・かずふみ】
(写真=山田慎一郎)

中学で陸上を始め、箱根駅伝をめざして東海大学へ。社会人になってから、2013年、雑誌の企画をきっかけにトレイルランを始める。現在はSALOMONアスリートとして、国内外のトレイルレースに出場し、上位入賞を果たしている。

 

【2017年主な戦績】
「Trans Lantau 」50K 優勝(香港)
「The 9 Dragons Ultra」 50マイル 3位 (香港)
「Penyagolosa Trails」 115K 8位(スペイン)
「ULTRA TRAIL AUSTRALIA」 100K 9位(オーストラリア)

 

【連載】国内外のトレイルを駆けめぐる、大瀬和文の “GOOD LUCK!" Vol.1 

【連載】国内外のトレイルを駆けめぐる、大瀬和文の “GOOD LUCK!" Vol.2 海外レースの楽しみ方

【連載】国内外のトレイルを駆けめぐる、大瀬和文の “GOOD LUCK!" Vol.3 TDSでトップ10入りをめざして(前編)

【連載】国内外のトレイルを駆けめぐる、大瀬和文の “GOOD LUCK!" Vol.4 TDSでトップ10入りをめざして(中編)

 

 

 

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