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「TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」 Ver.18 北野聡 ※出場2回目

2018.06.28

TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」 Ver.18 北野聡
ナンバーカード27  8位(6日間05時間09分) ※2回目の出場

取材・文=松田珠子

 

 大会7日目、8月13日の朝5時過ぎ、4年ぶりのTJAR出場となった北野聡が大浜海岸に姿を見せた。厚い雲に空が覆われ、少し薄暗いなか、笑顔でフィニッシュすると、数分前にゴールしたばかりの斉藤聡之と健闘を讃え合った。
 6日間5時間9分。初出場だった12年大会の記録を15時間、短縮した。

 


太平洋の水に入ってビブスを掲げる北野(写真=宮崎英樹/MtSN)

 

<体重が100㎏近くなり…>

 日本アルプスの山々に囲まれた長野市に住む北野。出身は伊豆半島の付け根、静岡県三島市だ。水と緑に恵まれた環境のなか、幼少の頃から自然を体感しながら育った。中学、高校時代はサッカーに熱中。静岡といえばサッカーどころだ。「県の地区大会を勝ち上がっても、県大会で1回戦で負けるパターンが多かった」と北野は振り返る。
 高校卒業後は北海道大学へ進学。探検部に入った。動機は「沢登りとか川下りに興味があったから」。学業の忙しさもあり、部としての活動は実質1年半くらいだったが、大雪山系の山に登ったり、シーカヤックで北海道の知床や積丹半島をまわることもあった。
 大学院で博士号(水産学)を取得し、96年、就職で長野県へ。県庁に入庁し、県内の水生生物の生態を調査する自然保護研究所(現・環境保全研究所)の研究スタッフとなった。就職1年目に地元の山岳会に入った。登山のみならず、ロープなどの登攀用具を使った岩登りなど、基本から教わった。剱岳のバリエーションルートに登ることもあった。

 


剱岳での岩登りのときの様子(写真提供=北野)

 

「どちらかというと、沢登りがしたいと思っていたが、山の技術を基本からきちんと教わったおかげで、いろいろな状況に対応する術を身につけることができた」と北野。夏から冬まで毎週のように山に通っていたが、その後、結婚し家庭ができると徐々に山からは遠ざかった。
 山岳会に入っていた頃から10年ほどたった06年、39歳の秋にランニングを始めた。よくある「太ってしまったから」というのが理由だ。
「山にも行かなくなり、運動もしないし、かなり太ってしまった。38歳のときに子どもを授かり、双子だったので育児が大変で、子どもの世話のために妻の実家で僕もしばらくお世話になって。お義父さんと毎晩晩酌していたら体重が増えて、100㎏近くになった。これはまずいと感じて、走り始めたんです」
 身長181㎝と長身の北野の現在の体重は、70㎏ほど。三ケタ目前までいったというのは驚かされる。
 徐々に走れる距離が延び、体重も落ち、大会にも参加するようになった。
「最初は5時間かかったフルマラソンが、2、3年したら3時間を切れるくらいになって、順調にのめり込みました(笑)」
 トレーニングの基本は、自宅から職場までの片道約13㎞の通勤ランニング。月間走行距離は300㎞ほどだ。
 09年頃からはトレイルランも始めた。TJARを知ったのはこの頃だ。北野の自宅からほど近い場所に、トレイルランナーによく知られる山岳ショップ「信州トレイルマウンテン」があった。店長の奥野博士さんは、2010年と12年、TJARに出場し完走している。北野にとって身近な存在である奥野さんが10年大会に出場し、完走したことで、興味を持った。
「山もかじっていたので、技術的にはなんとかなるかなと。奥野さんにできるなら僕にもできるかなと(笑)」

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