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連載「マウンテンランナー星野由香理の日光発、世界行き」 Vol.1 〜UTMF2018 レースレポート〜

2018.05.30

日光を拠点に、1年を通して山を駆け巡るマウンテンランナー星野由香理さん。

今年は彼女にとって大きなチャレンジの年。スカイランニングのワールドシリーズに出場するため、6月から海外のスカイランニングレースを5戦、転戦する。目標は2018年ワールドシリーズの年間ランキングで上位に入ることだ。

体育大学出身で、フィジカルトレーナーである星野さんにとって、スポーツは特別な意味を持つ。競技をすることで自分自身を高めること、また、自分が競技で活躍することで、国内におけるマウンテンランニングの普及につなげていきたいと思っている。

そんな星野由香理さんの活動の様子を伝える連載が始まります。

第1回は2018年4月27日~29日に開催された「UTMF2018」のレースレポートです。5回目の出場となったUTMF2018、星野さんはレースに、そして自分自身にどのように向き合ったのでしょうか。

 


文=星野由香理 

スタート前、過去のUTMFのことが浮かんでは消えた
[4月27日PM14:55] 富士山こどもの国

スタートまであと5分。過去に出場したUTMFのことを思い出していた。

初めて100マイルレースを走ったのはUTMF2013だった。「こんなにキツイのに、まだ40㎞以上ある」と絶望した120㎞地点の山中湖きらら。そこからはほぼ歩いてゴールをめざした。

2回目の100マイルレースはUTMF2014。「一度経験してるから」と、高を括っていたところがあったのかもしれない。結果は1年前と変わらず、絶望的にキツかった。

一度海外の100マイルレースを経験してからの3度目のUTMF2015。4回目の100マイルにしてやっと少し成長が感じられた。でも、まだ、表彰台という壁は高かった。

今年こそはと思って準備をしてきた2016年。悪天候により44㎞の短縮レースになってしまった。悲しさで思わず涙が出たスタート15分前。国内外のトップ選手がひしめくスタートラインに立ったけど、気持ちを切り替えることはできなかった。

今年で5回目の出場となるUTMF2018。気がつけば、自分の中で一番多く出ている大会がこのUTMFになっていた。

 


レース前のプレスカンファレンスで、ライバルであり、友人でもある宮崎喜美乃と健闘を誓い合った

 

新コースへの準備

今年のコースは今までの「富士山の周りをぐるりと一周」というコースからはガラッと変わり、新しいUTMFとしてロードや周囲の山々を繋ぐルートへと一新された。この新コースを作るにあたり、実行委員やスタッフの皆さんの並々ならぬ努力があったことは、私も人伝えに聞いていたし、何より長いロードと後半に待ち受ける急峻な山々は、これに挑戦する選手たちの力を試す、ハードで革新的なコースになったなと感じていた。

この新コースを走るにあたり、自分なりにもいろいろと準備を重ねてきた。急峻な山岳地帯を走ることは、スカイランニングを通して経験を積んでいたので、今回は特にロードや林道を長い時間走り続ける練習などを多く取り入れていった。

3月には台湾で開催された林道での100㎞レース「Cilan100」に出場し、それに向けて、自分で80㎞のロード走や60㎞の林道練など、とにかく「長い時間・長い距離・ロード」を中心にトレーニングを行ない、日光の雪が溶け始めるとともに、少しずつ山での練習を増やしていき、長時間のロード走で培った体力に山を走る技術を付け足していくようなイメージで、UTMF用の体を仕上げていった。

2015年以来、100マイルを走っておらず、100マイルという距離に対しての不安があったが、UTMFが近づくにつれて、その不安もだんだんと薄れ、ワクワクするような気持ちが不安を上回ってきた。それは、自分なりにこのUTMFに向けてしっかりトレーニングができた証拠だった。トレーニング不足、準備不足だと、レース前はどうしても不安な気持ちのほうが勝ってしまう。レースをどれだけ楽しめるか。それは、レースが始まる前の準備段階から決まってくるものだと思っている。

 

 

いよいよスタート

[15:00]
今までのUTMFや、自分がこれまでやってきたことに思いを巡らせた後、一度大きく息を吐いた。
そして、UTMFがスタートした。

最初は下り基調の林道とフラットなトレイル。ここは抑えて走ろうと思っても、どうしてもスピードが出てしまう。この後の長い長い道のりを考えて、できる限りペースを落としながら進んだものの、A1富士宮に着いたのは予定よりも25分早い時間だった。

 

[17:04]
この日、気温は暑くはないけれど、湿度が高いのか思ったよりも汗をかいていた。ここから先は前半の山場、天子山地へと入って行くので、ボトルいっぱいに水を入れてもらい、ジェルを補給してA1を後に。

天子山地はこのUTMFの前に一度試走に来ていたので、ここがどのようなコースか、どれぐらい登ってどれぐらい下って、山を下りた後もどんなコースを走るのかはだいたい頭に入っていた。それでも試走に来たときは昼間だったこともあり、天子ヶ岳山頂手前からヘッドライトをつけた時には、昼間とは全く違う山の雰囲気へと変わっていた。

山頂から先は霧が出ていたので、ヘッドライトを消してハンドライトだけで足元を照らしながら、夜の山道を進んでいった。ここでは先にスタートしたSTYの選手たちと一緒になり、急な下りなどでは渋滞になるような箇所もあったけど、それがかえってペースを落とし、慎重に進めたのでよかったかなと思う。

 

[21:41]
天子山地を下り、フラットなトレイルを進むと、ちょうど50㎞地点、A2麓エイドに到着。ここはスタートしてから初めての、サポーターが待ってくれているエイド。今回は私の旦那さんと親友が、サポーターとして最初から最後までエイドを回ってくれた。
麓には想定タイムより10分ほど早く到着。

ボトル2本をそのまま交換。ヘッドライトも交換。麦茶を飲んで、一口大に切ってあったスイカを食べて、エネルギーゼリーを飲んで、5分でエイドを出発。
 

 

ここからは竜ヶ岳を越えて、本栖湖の周りの細かなアップダウンが続くトレイル。この辺りでは多くの女子選手と抜きつ抜かれつ。長い長い旅なので、お互い争ったりはせず、マイペースに。いろんな人と喋りながら進んでいった。

 

[4月28日 2:14]
日付が変わり、A4精進湖民宿村にもほぼ想定通りの時間に到着。ここでもボトル2本と、充電しておいてもらったヘッドライトを交換して、いつも通りジェルで補給を済ませ、5分で出発。

ここから長いロード区間になる。深夜のロードはいちばん眠気がきやすい区間でもあるが、ここでちょうど丹羽 薫さんと一緒になり、一緒にいろんな話をしながら進んでいった。薫さんとはこのUTMF前に一緒に合宿もしたし、今までも国内外含めさまざまなレースを一緒に走ってきた。もちろんレースなので争うこともあるけれど、共に乗り越えてきたことも多く、今回のUTMFでも「一緒に表彰台に立とう」と薫さんに言ってもらえたことが励みとなり、前に進んでいけた。そんな薫さんといろんな話ができたおかげで、夜間の単調なロードも眠気もなく一定ペースで進み続けた。その後、西湖の南側の紅葉台や足和田山を越えたあたりから空が白み始め、河口湖が見える頃にはちょうど朝日が昇ってくるのを正面にしながら、山を下りていった。

 

レースは後半へ

[4:49]
明け方にA5勝山に到着。想定タイムより少し遅れたけど、気にするほどではない。今のところ眠気もほとんどなく、サポートと笑い話もできるぐらいの余裕はあった。

ここまでずっと半袖Tシャツで走ってきたが、明け方はやっぱり急に気温が下がり、シェルを一枚羽織ってエイドを出た。

 


94㎞地点の勝山エイドを元気に出発!

 

この勝山からはまた長いロード。まだ早朝だから、そんなに車や人も多くないけれど、大通りである国道138号線の歩道をただ黙々と走った。このロードを走っている時に改めて、100マイルというとてつもなく長い距離を繋げることの難しさ、コース設定の大変さを感じた。

ただ山の中をずっと行くだけなら、もしかしたらもっと簡単かもしれない。でも、レースとする以上は途中でエイドを設けるために一度街へ下ろさなければいけない。街から山、山から街へ。自然の中で感じる孤独や自分のちっぽけさ、そして、街へ下りた時に感じる人の温かさ、安心感。自分自身との葛藤の他にも、自然の中の自分、他者と自分など、いろんなことを考え、感じ、受け止める道のり。そのための100マイルというレースであり、コースであり、長い旅。

UTMFを開催するために新たに作られたこのコースにも、いろんな思いを抱きながら、この新設されたロード区間を走っていた。

 

[7:32]
A6忍野。距離も100㎞を超え、さすがに疲労を感じてきたが、「100マイルの半分は100㎞を過ぎてから」。こんなところでへばっていては後半の勝負ができない。

山中湖北側の大平山に登るあたりからは気温もかなり上がってきて、「今日は暑くなるな」と予想した。以前ハワイでの100マイルレース、HURT100を走った時に、終盤は脱水で全然体が動かなくなった経験があり、それからは特に電解質や水分補給に気を配るようにした。

 


平尾山~石割山間を軽快に走る(Photo=宮崎英樹/MtSN)

 

[9:47]
A7山中湖きららに着いたのは、予定の10分前。今までのUTMFでは、事前にエイド到着予想タイムを考えていても、後半になれば1時間も2時間も遅れているのが当たり前だったが、今回はここまで自分の予想通り、いい感じで走れているようだと、この時に初めて思った。

この山中湖にはサポーターの他にも知り合いの顔がたくさん見られ、みんなから応援してもらえて、UTMFの楽しさを強く感じた時間でもあった。国内最大のこの大会は、選手だけでなくサポートや応援でも、多くのトレイルランナーがこの地に集まってくる。そんなみんなと会えるのもこの大会の楽しみのひとつ。ここでまた大きなパワーをもらって、いよいよこのコースの最難関へと入っていった。

 


エイドで栄養補給をしながら、サポーターや知り合いから元気をもらう

 

ここから先、A7の山中湖からA8二十曲峠を越えてA9富士吉田までは、急登や激しい下りなどが続く山岳区間。ここも前に試走をしていたので、キツいコースだとはわかっていたが、やはり思った通りの厳しい区間となった。

試走の時には走れていた斜面も、ほぼ歩いて通過することが多くなり、疲れがたまり鉛のように重たくなった脚を必死の思いで前へ出し続けているような感覚だった。それでも、幸いにも眠気がなかったのと、もうひとつ「前の女子選手を追おう」という気持ちが、私の体を動かし続けてくれた。

このとき私は女子4位を走っていて、トップのコートニーは後ろに大差をつけて先頭を走っていることはわかっていて、あとは前にいる丹羽 薫さんと浅原かおりさんになんとか追いつきたいと思っていた。この気持ちは最後まで切れることはなかった。この気持ちがあったから、自分自身を甘やかすことなく、ゴールまで脚を動かし続けられたのだと思う。
それはやっぱり「表彰台」へのこだわりがあったから。

2015年、2016年と、2年連続で6位となり、女子は5位までが表彰台のUTMFであと一歩のところで入賞を逃してきた。

「完走者はみんなが勝者」といわれる100マイルで、完走したときはもちろん達成感はあるけれど、次の日の表彰式で、下から見上げる表彰台はやっぱり羨ましかったし、「あと一歩で上れなかった場所に立ちたい」と強く思い続けてきた。そんな悔しさがあったから、今年は順位にこだわるレースをした。

そして、今回は特に尊敬できる女子選手が多く出場していて、そんなみんなと力を出し切るレースがしたいと思っていた。

 

[12:49]
A9二十曲峠近辺では、たくさんの知り合いに会えて、キツかったけど、みんなに会えたらそのたびに笑顔になれた。
二十曲峠では頭から水をかけてもらい、3分ほど座って休憩してから出発。

 

この後の杓子山は、今までも何度もキツい思いをしてきた難所。今回もやっぱりキツかった。自分の脚じゃないみたいに、思い通りに動かなくなった。でも、前を追う気持ちだけは諦めたくなかった。

「まだやれる、まだいける」。
そう自分に言い聞かせながら、杓子山を越えていった。

自分より前に選手がいて、その選手に追いつきたいという気持ちはあるけど、それはその選手との戦いなんじゃなくて、やっぱり自分との戦いなんだと思う。

「もういいかな」って思うのは簡単。
「4位でもいいかな」って諦めるのは簡単。
でも、そう思ってしまったら、そこで自分との戦いには負けてしまう。

今回自分に掲げた目標は「表彰台」。4位でもその目標は達成される。でもやっぱり、大事なのは「結果」じゃなくて、その「過程」。途中で諦めてしまった「4位」と、最後まで前を追い続けた「4位」なら、同じ順位でもその重みは全く違う。
周りからの評価は同じでも、自分自身での評価は全く別物になる。

 

[15:29]
A9富士吉田への到着は​予定より30分遅れてしまった。ここは最後のエイドだ。
やっぱり杓子山ではだいぶ時間がかかってしまった。

 

 

ここでも頭から何度も水をかけてもらう。
杓子山は本当につらかったけど、杓子山を下りた林道のところで仲間がたくさん待っていてくれて、声援を送ってくれて、そこでまた気持ちが盛り上がり、体が動いてくれた。

A9でも、旦那さんと親友と、ALTRAチームがいつもと変わらず待っていてくれて、親友は凍ったペットボトルで首を冷やしてくれて、旦那さんは今まで通りザックの中身を入れ替えてくれて、ALTRAのみんなとはいつもと変わらないくだらない話をした。そして、みんながいつものように笑顔で送り出してくれた。

「じゃあ次は、ゴールで!」

 


最後のエイドで仲間にエールをもらい、気合を入れる

 

このコース最後の山、霜山は得意な山だと思っていた。過去のUTMFでは、ラスト霜山の登りではもう一度ペースが上がり、スイスイと脚が動いていたことがあった。でも、今回ばかりは霜山の登りもいつもとは違っていた。ラストと思っても脚が動かない。走れる場所も走れない。
もういっぱいいっぱいだった。
そんないっぱいいっぱいな体を動かしながらも、「初めて100マイルでここまで追い込めた!」と、思った。

 

[17:51]
河口湖大橋を渡りながら、目の前にくっきりと富士山が見えた。今までは真っ暗な中でのフィニッシュだった。富士山が見えたとしても、うっすらとその影が見える程度。今回初めてその姿がはっきりと見えた。初めて日がある明るいうちにフィニッシュできることに、自分の成長がちょっと感じられた瞬間だった。

河口湖大橋が終わるところで、旦那さんと親友が待っていてくれて、今までずっとサポートし続けてくれた旦那さんと親友と3人で手を繋いでのゴールの瞬間は、本当に大きな感動と達成感でいっぱいだった。

 


サポートしてくれた旦那さんと親友と一緒にフィニッシュの喜びを味わう

 

UTMF2018を終えて思うこと
ほとんど寝ずに26時間50分サポートし続けてくれた2人がいて、いつもエイドで笑顔で迎えてくれる仲間がいて、応援してくれる人たちがいて、だから、100マイルを走り切れた。

もちろん、最初にも書いたように、このレースで結果を出すために、自分でできる限りのトレーニングをして、準備をして、自分に自信を持ってこの日を迎えた。
でも、これだけのことをしてきても、やっぱりフィニッシュして思うのは、「一人じゃできなかった」ということ。

 


レース前に一緒に合宿を組みトレーニングした、ライバルであり、尊敬する人である丹羽 薫さんと

 

なぜこんなにキツい思いをしてまで100マイルという距離を走るのか。
それは、自分の大切な人たちとひとつの大きな目標に向かって、長く濃い時間を共有できるからなのかもしれない。

その時間は長いようで、終わってみればあっという間で、かけがえのないもの。そんな時間を共有できた人たちとは、またひとつ大きな絆が生まれるのだと思う。

そしてもうひとつは自分自身の対話。
本当につらくて苦しい時に出てくる弱い自分。そんな自分を受け止め、対峙し、さらに押し上げていく。
そんな自分との葛藤があることこそが、100マイルを走る魅力なのではと感じている。

 

今回のUTMFを通して、いろんなことに気づけたし、経験できた。またひとつ人として成長させてもらえたと思っている。今回得たものを本当に自分のモノとできるように、これからも自分や周りの人、そして、自然に対しても真摯に向き合っていきたいと思う。

たくさんの応援、サポート、ご支援、本当にありがとうございました。

 

写真提供=星野由香理、NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部(撮影=一瀬立子)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星野由香理【ほしの・ゆかり】
フィジカルトレーナーとして、一般からアスリートまで、トレーニングやコンディショニング方法を指導するかたわら、日光を拠点にレース運営やイベント開催に携わっている。2018年スカイランニング世界選手権日本代表選手。

2018年 UTMF2018  女子4位
2018年 ひろしま恐羅漢トレイル65㎞ 女子2位
2017年 美ヶ原トレイルラン&ウォーク 80㎞ 女子優勝
2016年 スカイランニング世界選手権ウルトラの部 女子8位
2016年 スカイランナージャパンシリーズ スカイ女子1位

 

UTMF2018 リザルト

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