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「TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」 Ver.22 岡田泰三 ※初出場

2018.07.27

「TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」 Ver.22 岡田泰三 ナンバーカード28 22位(7日19時間56分) ※初出場

松田珠子=取材・文


 ゴールまで残り50㎞地点の富士見峠を越えてから一時、低血糖状態になり、気持ちが切れかけた。それでも完走をめざし歩みを続け、やっとの思いで大浜海岸までの最後の信号に来た。ここまで足を温存する意味合いもあり、歩き、もしくはペースを抑えた走りで進んできた。だが最後となれば別だ。「心に決めていた」という全力ダッシュでフィニッシュ地点へ。
 初出場の52歳・岡田泰三は、7日19時間56分で完走を果たした。
「まさか自分が出られると思っていなかった。参加させてもらえて幸せです。山の中でも街の中でも、50歳を過ぎた無精ひげの初老オヤジに声援を送ってくれて感謝しています。まずは力試しと思って挑戦した。やってみて感じたのは、こんなに面白い大会はほかにないなと。できるものならまた出たいし、選手として出られなくてもお手伝いで恩返ししたい。ありがとうございました」
ゴール後のインタビューではこう締めくくった。
 50代での制限時間内完走は、TJAR創始者である岩瀬幹生の2008年大会以来、2人目となった。

 


7日19時間56分で完走し、笑顔を見せる岡田(写真=宮崎英樹/MtSN)

 

<グライダー、空手、山へ>

 神奈川県茅ヶ崎市――湘南生まれの湘南育ちだ。父の仕事や進学で関西に住むこともあったが、茅ヶ崎での生活がいちばん長い。
 学生時代はグライダーに熱中。社会人になり、グライダーができる環境ではなくなったことで、20代は旅行やドライブ、スキーなどを楽しんだ。その後はスキューバダイビングをかじったが、30代に入り、結婚して子どもが生まれ、ダイビングはやめた。その後、離婚し、一人息子を引き取り、シングルファザーとなった。離婚前に転職し、現在の会社へ。職場には「航空研究会」があり、再びグライダーができる環境となった。

 


2003年頃、小山絹滑空場で自分の機体のフライト準備中(写真提供=岡田)

 

 息子が小2になった頃、「空手をやりたい」と自宅近くの道場に通うようになった。息子の送迎で道場に通ううち、道場の師範から「お父さんも(空手を)やりませんか?」と声を掛けられた。ただ待っているよりは、一緒に体を動かすのもよいかもしれない――そんな気軽な気持ちで、息子より1年遅れて入門した。39歳のときだ。
空手の流派には複数あるが、岡田が入ったのは極真の流れを汲む地元の同好会だった。素手素足で相手を突き、蹴り合うフルコンタクト空手だ。やり始めるとおもしろさを感じた。2年ほど通った頃、エイジ別に分かれているアマチュアの試合に出場。あえなく1回戦で敗れた。悔しくて「火がついた」。数カ月後、2度目の試合では優勝を果たした。
「だんだんおもしろくなって、息子よりも空手にはまってしまいました(笑)」

 その後、さらに強くなるために新極真会の道場に移籍し、2011年にはシニアの日本チャンピオンになった。

 


2012年春、全関東大会。同じ道場の仲間たちと揃って表彰台に上がる(写真提供=岡田)

 

 

 空手に熱中した40代だったが、48歳だった12年夏に拳を骨折。しばらく空手の練習ができなくなった。

 この頃、たまたま職場のトレーニングルームにあったランニング雑誌を読んでいたとき、スペインのトレイルランナー、キリアン・ジョルネの連載記事の中の言葉が目に留まった。

 

   栄光を手に入れるのも、途中で果てるのも、全てを捧げてからだ。
   闘わなければ意味がない。
   苦しまなければ意味がない。
   力尽きなければ意味がない。
   さあ、そろそろ苦しむ時が来た。
   勝つ時が来た。

 

 当時、岡田は空手に熱中していたが、トレイルランというものがあることは知っていた。
「キリアンの言葉で、空手と一緒なんだなと思った。よし、自分も山を走ろうという気になりました」
それまでも、週に1、2回、走ることはあった。といっても、坂道ダッシュや鉄アレイを持って砂浜を裸足で走るなど、空手のパワーをつけるための走り方だった。
 キリアンの言葉に影響を受けた岡田は、さっそく仕事の帰りにさかいやスポーツでトレイルランニング用のシューズを購入し、グーグルで地図を検索し、港南台駅から自宅まで、鎌倉アルプスのトレイルを経由して25~6㎞の距離を走って帰った。13年1月のことだ。

 20㎞以上の距離を走るのも山を走るのも初めてだったが「時間をかければ行けるんだとわかった」。さらに「山道を走ることで、脚だけじゃなくて、インナーマッスルとか体幹も鍛えられそうだなと。これから週末は山を走ろうと思いました」

 拳が治るまでは空手の試合に出られないことから、3月にトレイルレースにエントリーした。
 この後、空手の練習を再開した矢先、またも拳を骨折。医師からは「次に折ったら、もう(骨が)つかないよ」と忠告された。山を走ることが楽しくなってきた頃でもあった。
「これはきっと神様が『山を走れ』と言っているのかもしれない」
 そう感じ、岡田は空手を辞めることを決めた。13年5月、49歳のときだ。

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