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TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」 Ver.25 栗原葉子 ※初出場

2018.08.10
TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」 Ver.24 栗原葉子 ナンバーカード15 23位 7日23時間35分 ※初出場

松田珠子=文

 16年大会最終日、ゴールの制限時間の24時まで30分を切っていた。好天が続いた16年大会だったが、最後に雨が降り出した。降りしきる雨に打たれながら、栗原葉子は、静岡駅あたりで合流した恵川裕行とともにゴールをめざした。
 両足裏の踵、指、母指球……。数えきれないくらいのマメの痛みに耐え、歩き続けた。最終日は制限時間と眠気との闘いでもあった。
 恵川と手を取り合い、フィニッシュ。かみしめるように両手を上げた。実行委員代表の飯島浩が「7日間23間35分!」とタイムを読み上げると、栗原は「めいっぱい楽しんじゃったぁ」とおどけたように言った。
女子選手として史上4人目、16年大会では唯一の女子完走者となった。



深夜にもかかわらず、多くの仲間が迎えてくれた。自転車仲間からの花束を手にする(写真提供=栗原)


<遊びの達人たちとの出会い>
 出身は千葉県、結婚後は夫の転勤で、関西地方や海外(中国)に住むことはあったが、現在も千葉県に居を構える。
 山との出会いは小学生の頃だ。父が山岳部出身で山が好きだったことから、夏休みには毎年1週間ほど、家族旅行で北アルプスなどの山に行っていた。
「この頃はただ連れられて行っていたので、好きとか嫌いとかいうより、家族の恒例行事といった感じでした」

 体を動かすことは好きだった。ソフトボール部や陸上部に所属。中学や高校で部活が忙しくなると、山に行く機会もなくなった。
 社会人になってから数年たち、「運動不足だし、趣味の欄に書けるものがない」と気づき、何かやりたいと探していたところ、地元の「輪工房」というスポーツサイクル専門のショップでMTBに出会う。MTBを購入しようとしたときに店長から「山でも乗れるよ」と声を掛けられ、以来、「しょっちゅう」山に連れていってくれた。
「行くまでは、山で自転車に乗るってイメージができなかった。そうしたら、みんな思い切り担いで、ベラベラ話しながら登っていって。下りのルートも楽しかったけど、とにかく山で自転車を担いでいる画が、衝撃的でおかしくて。登った先の景色も、仲間と共有する非日常感も楽し過ぎて、ハマっていった感じでした」



仲間たちとMTBを担いで山を登る(写真提供=栗原)


 登山とは異なり、MTBで行くエリアは、ハイカーの少ない里山や低山が多かった。
「普段は地元の森や、山のツーリング。年に何回かは、みんなでチームを組んでエンデューロに出たり、ワイワイ楽しむレースに出ることもありました」
 数年後にはロードバイクも購入、自転車の仲間もできた。週末は自転車で仲間とのツーリングを楽しんだり、レース(筑波の8耐、JCRC)に出た時期もある。自転車歴は15年ほどになる。



18年2月、中国から参加したタイ、チェンライのレースにて(写真提供=栗原)


 2011年、夫の転勤で兵庫県に転居した。最初の2年ほどは自転車つながりの仲間たちとMTBとロードバイクを楽しんでいたが、自転車仲間がケガをしてリハビリで山歩きをするようになり、トレイルランの大会に出たことから、栗原も誘われた。「レースに出るなら山を歩かないと」と、自宅近くの六甲山を歩いた。
「六甲全山縦走(56㎞)の半分くらいを歩いたら、次の日、筋肉痛で階段が下りられなかった。人生で一番ひどい筋肉痛で、今でも忘れられません(笑)」

 山を歩くようになり、さらに交友関係が広がった。
「週末ごとや、季節ごと、イベントごとに、さまざまな遊びを楽しんでる達人たちと出会って、世界が一気に広がりました。登山もただ縦走するだけでなく、クライミングや沢登り、雪山、バックカントリー……。MTBやロードも乗るし、カヤックで旅に出たりもする。それまでは敷居が高かったり中途半端になりそう、と覗くこともできなかった世界を、みんなマルッと楽しんでいた」
 そうした仲間に誘われて、アドベンチャーレースに出るようになった。
「そこで出会った人たちがみんな、本当に強くてカッコよかった。だからそこに混ざりたくて、より必死に(笑)遊んでいった感じでした」

 六甲山や京都トレイルにも、何度も通った。
「ダイトレ(ダイヤモンドトレイル)や熊野古道、高島トレイルなどにも行きました。地図を見て行けそうなところをウロウロしていました。とにかく関西は山が近くて、バリエーションも豊富で最高の環境でした」

 その後、千葉に戻ってからも、自転車、トレイルランを楽しんでいた。
 14年TJAR出場(DNF)の中村雅美とは、家が近く、自転車つながりで親交があった。TJARは関西にいた頃から、耳にしたことがあった。
「身近な雅美さんがTJARに出ていて、凄いなぁと思っていた。でも雅美さんは海外のアドベンチャーレースにも出たりして凄すぎて、違う世界の人だと思っていたので、自分がやりたいとまでは思っていなかった」
中村とのつながりから、宮崎崇徳、福山智之、平井小夜子らTJAR選手たちと出会い、徐々にTJARへの興味が高まった。
「TJARの距離や日数の数字だけ見ると途方もなく、自分とは遠いものでしかなかったのに、出ている人たちが魅力的でおもしろくて、話を聞くうちに徐々に興味が出てきてしまって……」

 15年夏、中村、岩崎勉、宮崎、福山、平井小夜子ら有志メンバーでTJARのコース踏破に挑戦するという話を聞いて、栗原は南アルプスに入り逆走応援をした。
「みんなすごくいい顔をしていた」
 中でも、12年大会最終完走者の“ミスター・ボーダーライン”こと宮崎の姿が印象に残った。
「自分スタイルで持ちたい物を持ち、食べたい物を食べ、軽量化にこだわらずその旅を楽しむ姿に、いいなあ、ある意味最強だなあと思っていて。実際、熊の平小屋でご飯をモリモリ食べてるところにお邪魔して、話をさせてもらったんです。全然ダメージやつらさを感じさせず、とにかく楽しそうで、笑いっぱなしだった。そのときが『これはちょっとやってみたいぞ』と思った決定的な時だったかもしれません」
 そこから、「やれるだけのことをやってみよう」と、さらに山に通うようになった。
「コツコツ努力することが苦手(笑)」という栗原にとっては、山に行くことはあくまでも“遊び”だ。TJARをめざす段階でも、それは変わらなかった。
「休日のたびに、山や自転車など、いろんな仲間ととにかくありとあらゆる遊びをしているうちに、長い時間動ける体力がついていった感じだった。TJARの書類の条件を揃えるべく、また遊びに励んでいました(笑)」

 16年大会に向け、書類選考、そして選考会と、一つずつ、自分の力を試すような気持ちで挑んだ。選考会の結果は合格。抽選は行なわれず、本戦への出場が決まった。
「なんと運がいいことかと思った」と栗原。嬉しかったのは、もともと親交のあった玉置千春も選考会を通過し、本戦出場を決めたことだった。16年大会の女子選手は、栗原と玉置の2名。本戦に向けて、一緒にコース試走したり、装備について相談するなど、玉置は心強い存在だった。
「コース上の自販機やトイレの位置、山小屋までの距離感、買えるもの、調べられるものは調べた。使えるものは何でも使い、聞ける人にはアドバイスをもらうなど、頼れる人にはとことん頼った」
本戦に向け、限られた時間の中、充実した日々だった。
「TJARに関して楽しかったことで、真っ先に浮かぶのは、準備なんです。たまちゃん(玉置)と山に通ってコースを試走したり、装備を実験する日々が本当に楽しかったです。TJARという明確な目標に向かって、あれこれ考えるのもすごく楽しかった」
 ストイックにトレーニングに打ち込む選手もいるが、栗原は、一つの大きな目標に向けて努力する過程さえも心から楽しんでいた。
 一方で、TJARに挑むことの重みも感じていた。
「おそらくこの大会は本当にたくさんの方の尽力のもとに成り立っていて、出させてもらう以上、絶対何かあっちゃいけないという意識だけは強く持っていました。そのためにも準備と心づもりだけは、短い期間ながらも全力でしたつもりです」


<天候に恵まれたTJAR>
「経歴も浅いし、足りてないものばかりなのは百も承知だったので、絶対完走したい、というよりは、書類、選考会と通過できて『さて、次はどこまで行けるかな』という感じだった。北アルプスまでなのか、中央なのか……とにかく行けるとこまで、という感じだった。自分の今を知る壮大な実験をさせてもらうような気持ち。できる限りの準備は全力でして、あとはわからないことへのワクワクが強かったですね」



スタート前、玉置(右)と。16年大会の女子選手は栗原と玉置の2名だった(写真=山田慎一郎/MtSN)

 

 


馬場島を通過する栗原(写真=山田/MtSN)


 玉置はスタート後から暑さでペースが上がらず、北アルプス・双六小屋でリタイアとなったが、栗原は、序盤から好調だった。
 一の越山荘前では、NHKの取材カメラを向けられ「今のところ、よい旅です」と笑顔で話した。

 初日はスゴ乗越小屋で4時間寝た。



早月尾根を進む(写真=田上雅之)

 



一の越山荘前で、NHKの取材を受ける(写真=松田)


 2日目も好天の中、アルプスを楽しんでいた。
「雲一つない快晴で、黒部のカールを振り返り、見事さに感激した」
 この日の夜、上高地に下山。友人の応援に元気をもらう。4時間睡眠をとり、3日目は3時に行動開始。この後のロードから足にマメができ始めた。
 3日目のうちに中央アルプスへ。登りの途中で4時間の仮眠をとり、木曽駒ヶ岳へ。深夜で単独で不安もあったが、慎重に進んだ。足のマメが増え、処置するも、範囲が増えていくことが気になっていた。

 中央アルプスを下山後、左すねに「感じたことのない痛みが走った」。足の痛みと眠気と戦いながら、市野瀬をめざした。
「南アルプスはひとつひとつの山が大きく、山小屋が遠い、エスケープがしづらい。リスクも高くなる。安全に下山するには山の中ではギリギリまでやれないから、入って大丈夫なのか迷いました」
 市野瀬に向かう途中や、さらにデポジットのある市野瀬にも、仲間が応援に来てくれた。そうした応援が力になり「まだ動ける」と判断した。市野瀬では3時間半仮眠し、5日目、南アルプスへ。
「足が痛くて、マメも悪化していた。そこからは、常に山小屋やエスケープのある分岐を意識しながら進みました」
 6日目、塩見岳から三伏峠に向かう途中では、地元の自転車仲間たちの応援もあった。
 三伏峠にはこの日の11時過ぎに到着。ここでも応援に力をもらった。



三伏峠小屋にて念願のカレー。「山小屋では常に念願!でした(笑)」と栗原(写真提供=栗原)


 荒川小屋で3時間半寝て、日付が変わり7日目、再スタートすると、満天の星に目を奪われた。聖岳から聖平小屋までは「コースタイムも出せていなかったのではないか」というくらいペースが上がらなかったが、ここまで来たらエスケープはしないと判断し、茶臼小屋へ。
 下山を開始し、登山道の脇で足裏をケアするも「水泡の大きさが収集つかなくなっていた」。それでも、足の痛み以外は元気だった。
 畑薙大吊橋を22時半頃に通過。残りはロードのみ。「完走」が近づいてきた、と実感するも、この後に睡魔に襲われ、1時間ほどの仮眠を挟みつつ、「関門に引っかかりたい」とまで弱気になっていた。
 最終関門の井川オートキャンプ場に向かっていると、後方から岩崎がすごい勢いで走ってきた。
「最後尾から来たはずなのに……」
 驚くと同時に、自分も走れるかもしれない、と走ってみると、体が動いた。先を行く岩崎に追いつき、同時に井川オートキャンプ場に。制限時間の10分前だった。
 この時のダッシュで「人間は思い込みでリミットをかけているだけで、気持ち次第で越えられるのだ」と実感した。

 だが、この後もペースは上がらなかった。
 井川ダム以降は、すねの痛みに加え、酷使したために足首から膝下まで腫れ上がった左脚、マメだらけの足裏、眠気に耐えながら、刻一刻と迫るゴールの制限時間との闘いとなった。
 猛烈な眠気の中では、思考がネガティブになり、幾度となくリタイアがよぎった。そのたびに、応援者の存在が進む力を与えてくれた。
 富士見峠までは「最もキツかった」と振り返る。何度も立ち止まり、何度もやめようと思った。どこでやめたら出し切ったことになるのか――自問自答を繰り返していた。
「どこが自分の限界なのか、考えていました。山でリスクを考えてリタイアしたり、体が動かなかったり、関門に引っかかれば、そこが限界だと納得できる。でも今の自分は? 眠いし足が痛いけど、一歩は出せる。じゃあどこが限界? の繰り返しでした。結局、体より先に切れるのは気持ちで、気持ちに体が支配されているんだなと強く感じました。後になって、『もっとできたかもしれない』と思うやめ方だけはしたくなかった。一歩を出せるなら、時間制限でダメって言われるまでは出そうと思っていました」
 静岡市街地が近づくと、応援が増え、さらに前に進む力になった。



“ミスター・ボーダーライン” 宮崎崇徳さん夫婦の応援も力に。写真は妻の寿美子さん。
「宮崎さんご夫婦がいなかったら私のTJARは始まりも完走もなかったかもしれません!」と栗原(写真提供=栗原)


 静岡駅を過ぎると、恵川と内山雄介に追いついた。この後、内山が2人から遅れ、栗原は恵川と大浜海岸へ。そして手をつないでゴール。

 栗原は恵川とはスタート前から交友があったが、出会いにはこんなエピソードがある。14年の「分水嶺トレイル」に出た際、栗原は途中で肋骨を折るケガでリタイアし、ゴール後の荷物を受け取れなかった。自宅に送り返してもらうはずが、なぜか恵川の自宅に届いたのだ。この偶然の出来事をきっかけに、ちょうど栗原も関西に住んでいたことから、恵川が代表を務める伊賀トレイルランナーズクラブの練習会にも参加するようになった。16年の書類が通ってからは、選考会のルートを一緒に歩いたり、事あるごとに相談する頼れる存在でもあった。そんな恵川と、最後に一緒にゴールをめざすことになるとは……。
「同じ舞台に立てただけでも凄いのに、同時にゴールするなんて、本当にびっくりでした。縁って本当に不思議です。二人で同時にゴールして、伊賀で出会った仲間に手作りのメダルをかけてもらえた時は本当に嬉しかった」



手作りの“ワッフルメダル”を胸にシャンパンファイト(写真=宮崎英樹/MtSN)


レースを振り返り、「景色が終始最高で、朝や夕方は独り占めするような場面も多く、ずっと山にいられることが幸せだった」と栗原。一方で、マメができ始めてからは痛みに苦しんだ。
「自分ではクリームを塗り、乾かしながら進んでいたつもりでも、次々とできてしまい、できてからはずっと痛かった。このドライなコンディションでもひどかったので、鍛錬不足だと思う」
特に左足の小指は水ぶくれが悪化し、終盤には爪がはがれた。一歩ごとに激痛を伴うほどの中でも、前に進められたのは、応援の存在だった。
「やめようと思うと、イチイチ救世主が現われて、やめさせてくれなかった(笑)。人の力を借りずに自力で行くコンセプトに大きく反して、場面場面で友人やTJARの先輩たちに声をかけてもらえていなかったら、とっくにやめていたと思う。だから自分は本当に弱いし、力はまだまだ足りてなかったと思います」

今大会、女子選手唯一の完走者となった。長丁場のTJARでは、女性ならではの苦労した場面はなかったのだろうか。
「特には感じませんでした。幸いトイレは山小屋でだいたい済ませられたし、舗装路区間でも結構ありました。むしろ女性が少ないからか、応援してもらえることのほうが多かった気がするので、よかったかも⁉ くらいです」
もともと肌が弱いことから、肌を清潔に保つことは意識した。
「なるべく水場では体を拭き、夜寝る前もシェルターの中で全部体を拭いて、清潔なインナーを確保してそれで寝るようにはしていました」
「こんなに長い時間、長い区間、全力で旅をさせてもらえたことを、この大会に携わるすべての方に感謝しています。そして、この大会に出るにあたって全面的に協力してもらい、時間も労力も第一優先で取り組ませてくれた主人にも、ただただ感謝しかありません」


16年大会後、夫の転勤で中国にいたため、18年大会についてはまったく考えなかったという(3、4年間の滞在予定が早まり、6月末に帰国したばかり)。今後の挑戦もまだ白紙だが、楽しめる何かを、また見つけたいと思っている。
「山であろうと関係ないことでも、やったことないこと、自分がワクワクする何かにアンテナを張って、自分のネタを更新していきたいです」


栗原葉子(くりはら・ようこ)
1977年千葉県出身、在住。無職(たぶん、そのうち、就活予定??※本人談))スポーツ歴はソフトボール、陸上。山岳部出身の父の影響で子どもの頃から家族で北アルプスの山などに登っていた。社会人になり、運動不足だったことから自転車を始め、数年後に山歩き、トレイルランなど幅広く山を楽しむようになる。

 

<選手へのQ&A>

――好きな山域は?
A: 南アルプス、八ヶ岳。よく行くのは、関西時代は六甲山や京都トレイル、関東に戻ってからは奥武蔵、筑波山系

――装備の工夫は?
A: 残念ながら、コレといったオリジナルはありません。人の意見を参考にし、ただ実験を繰り返し、身の丈に合ったものを、普通に使ってます。

――山に行くとき必ず持っていくものは?
A: 柿ピー

――レース中、おいしかったものは?
A: 山小屋のごはんはどこも本当においしかった。山小屋でごはんを食べる楽しみを目標に進んでいたくらい。

――レースが終わって食べたかったものは?
A: 果物や野菜とか生のモノ

――TJARの魅力をどんなところに感じますか?
A: 自分のあらゆる力を試せる壮大な実験。ただただ前に進むことだけを考えてればいい、なんて贅沢な夏休み!

 

<装備とウェア>(TJAR2016 大会報告書より)
【ザック】 OMMの25リットル
【露営具】 ストックシェルター
【寝具】 エスケイプヴィヴィライト
【マット】 山と道/U.L.Pad
【ストック】 前半:BD/ルトラディスタンス 後半:ヘリノックス/FL120
【ライト】 ヘッド:ペツル/ミオxp ハンド:ジェントス/ドミーターDC-209F
【ファーストエイド・ケア用品】 三角巾、テーピング、キネシオ、ポイズンリムーバー、傷パワーパッド、はさみ、ゴム手袋、胃腸薬、鎮痛剤、皮膚科塗薬
【シューズ】 アシックス/GT2000ニューヨーク4
【インナー】 ファイントラック/スキンメッシュ
【Tシャツ】 ファイントラック/ドラウトエア
【パンツ】 モンベル/トレールショーツ
【タイツ】 Marmot/ボディフィットタイツ
【ソックス】 icebreaker/メリノウール
【レインウェア】 (上)ファイントラック/エバーブレスバリオ (下)エバーブレスフォトン
【手袋】 AXESQUIN/ライトシェルウォータープルーフグローブ、防寒テムレス
【防寒着】 UDDダウンジャケット、UDDダウンパンツ、モンベル/メリノウールインナーシャツ・タイツ

 

 

栗原葉子選手と恵川裕行選手、フィニッシュ直前の動画

 

栗原葉子選手と恵川裕行選手、完走インタビュー

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