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「TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」 Ver.26 米田英昭 ※2回目の出場

2018.08.11

「TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」 Ver.26 米田英昭 ナンバーカード7 12位(6日19時間09分) ※2回目の出場

松田珠子=文


 最後のロードは「日が暮れるまでにゴールゲートをくぐりたい」と全力で走った。日は落ちてしまったが、最後まで気持ちを切らさなかった。スタート後から追っかけ応援をしていた両親が、大浜海岸へと続く直線道路が見渡せる場所で待っていた。
 軽やかな走りで姿を見せた米田英昭は、力強い足取りで堤防の階段を一気に越えた。砂浜に足を踏み入れると「無事帰ってきた」と実感した。
 6日19時間09分。14年の記録を28時間短縮した。
「日没前に着きたかったが、ちょっと間に合わなかった。暗い中で応援をいただいてありがとうございました」
マイクを渡されるとはにかんだ笑顔でこう話し、深々と頭を下げた。

 


14年大会の記録を28時間短縮してのゴール(写真=宮崎英樹/MtSN)
 
(※14年リンク先)


 初日から台風直撃となった初出場の14年は、13位(完走者15名、記録は7日23時間14分)。最後のロードは「最高につらかった」。それでもゴール後は、また挑戦したい、と思った。
 TJARの中間年となる15年夏は、TJAR14年大会出場の雨宮浩樹、佐幸直也とともにUTMBの1種目「PTL」(距離約300㎞、累積標高差2万8000m、制限時間142時間)に参戦し、日本人チームとして史上2組目の完走を果たした。

 15年夏はPTL出場の準備で、14年に引き続き可能な限り山に入ったが、16年大会の直前は、山の頻度は減った。その理由は、アドベンチャーレースに取り組むようになったからだ。
「16年の年初から少しずつ出はじめましたが、いいタイミングで数レースが開催されて、新しい刺激を求めて出ていました。アドベンチャーレースは地図を読まないと先に進めないので、地図を読む頻度がかなり増えたことは、すごくプラスになりました」



今年6月、日本で初開催された国際レース『Adventure Race Japan in NAGANO』 にサンコンズも出場。
左から家段勝好(あだ名はカダンボーイ)、岩月なつみ、米田、佐幸
 


 14年のレースでは、全行程を通して仙波憲人と一緒になることが多かった。北アルプスを進んでいた時点で早くも「夕方にゴールしたい」と会話をしていた。行動を共にするうちに絆が芽生え、一緒にゴールしたいと思っていたが、終盤、仙波は筋疲労によるダメージが酷く、脚が動かなくなり富士見峠でリタイア。

 16年大会は、仙波は選考会からの再挑戦で、米田とともに2度目の出場を決めた。

 16年大会の出場が決まってからの米田の心境は――。
「14年のときに仙波さんと北アルプスの道中で言ったことを果たしたい、心残りを払拭したい大会だった。(14年は)最後のロードが疲労困憊で声援に応えられなかったので、声援に元気よく応えたいと思っていました」

 

<好天続きの16年>

 16年の本戦。米田はスタート直後から、仙波、桑山史朗らとペースが合い、和やかな雰囲気で進んでいた。
「14年が台風だったり雨だったりで大変だったのとは対象的に、お天気が良かったので『あれあれ、こんなのでいいんですか』と少し拍子抜けしていた。お天気に浮かれて熱中症にならないようにだけは気をつけていました」

 北アルプスは仙波、桑山のほかにも、多くの選手と前後しながら進んだ。2年前に比べると常に余裕があった。



早月尾根を、仙波(前)、桑山(後ろ)と進む(写真=田上雅之)

 


一の越山荘で笑顔を見せる(写真撮影=桑山晴子)


「14年は未体験のことばかりだったので、針の穴に糸を通すつもりで集中していた。16年は、周りを見過ぎるくらいによく見えていましたね。確実に安全にゴールに辿り着くことを考えていました」

 初日はスゴ乗越、2日目は上高地のビジターセンターで仮眠。上高地から、危険なトンネル地帯、さらには境峠を越え、“選手たちのオアシス”スーパーまるとへ。仙波、桑山、江口、男澤らと合流し、ここまでの互いの健闘をたたえ合いながら、つかの間の休息を楽しんだ。
「スイカを半玉食べて、焼きそば食べて、太巻き買って、木曽路の途中で食べて、食べまくりました」


(写真5)スーパーまるとで談笑しながら休息をとる(写真撮影=桑山晴子)

 



スーパーまるとでスイカを半玉、完食。「むくみ対策と水分補給のための、戦略的な補給食」と米田(写真撮影=江口航平)


 中央アルプスでも、途中ビバークで離れることはありながらも、仙波、桑山と前後しながら進んだ。4日目、駒ヶ根に下りてからは、暑さからウェアを水で濡らしたり冷たいものを摂取しすぎたのか、お腹の調子を崩すも、大事にはいたらず。市野瀬には17時半に到着。

 3時間ほどの睡眠をとり、5日目、2時に桑山と出発。南アルプスへ。
 長くつらいイメージだった地蔵尾根は、早朝で湿気もあまり感じず、「こんなの地蔵尾根じゃない」と話しながら気持ちよく登った。



北アルプスでスイーパーをした後、南アルプスを逆走応援していた大西靖之からエールを受ける(写真撮影=大西)

 

 仙丈ヶ岳以降も仙波、桑山、さらにはペースを落としていた吉藤らと前後しながら、順調に進んでいた。熊ノ平からは柏木も合流。
 日付が6日目に変わり、三伏峠の関門には深夜2時に到着。この日の18時に聖平小屋に着くことをめざし、ペースを早めた。
 柏木とともに17時半頃に小屋に着くと、仙波、江口、桑山も到着した。
 食事後、米田と柏木はさらに進むことにしたが、仙波、江口、桑山は聖平小屋でビバーク。おそらくもうゴールまで会わないだろう。「じゃあ、大浜で」と、完走を誓いあって別れた。
 14年同様、仙波とはつかず離れずの距離感でずっとともに進んできたことで、米田の中に特別な感情もあった。
「そこまではつかず離れずの展開だったのですが、聖平では、先を急ぐほうと確実性をとるほうと、お互いに違う選択をとりました。14年は井川のオートキャンプ場で別れた後に仙波さんが富士見峠でリタイアしたこともあって、様子がわからなくなるのは少し不安もありました。まぁ、今回の仙波さんは前回とは全然違う、万全の状態でしたし、確実なスケジューリングだったので心配は無用でしたが……。今回こそは大浜だぞという思いで握手して別れました」

 この後、茶臼小屋では「最後のロードを一気に行くために」5時間寝た。
「何事もなく南アルプスが終わりそうで『よっしゃー』という感じでしたが、茶臼小屋からの下りはいやらしいのでしっかり寝てから下ろうと」
 7日目の2時に出発、先に出た柏木を追った。
 その後、合流した柏木と井川オートキャンプ場まで前後しながら進むも、そこからペースを上げ、単独となった。
「14年の最後のロードは、足裏の痛みと眠気で、地獄の時間が永遠と思えるほど長く続いたのですが、今回はレース中も十分ケアをしてきて、何事もなく下山できた。『(脚が)痛くなる前にゴールだ!』というのと、前回は深夜のゴールで真っ暗な中でみなさんをお待たせしたので、日が暮れるまでにゴールゲートをくぐりたかった」
 南アルプスの途中から、前を行く松浦和弘がむくみにより調子を落としている、という情報が入ってきていた。このままで走ればそのうち松浦に追いつくだろうと思っていたが、なかなか追いつかず、静岡の市街地が近くなったところでようやく追いついた。



ロードを快調に走る(写真撮影=八重田享司)

 


松浦和弘に追いつき言葉をかわす(写真撮影=八重田享司)

 

 この場面を、米田は次のように回想する。
「自分はいいペースで走れているのに全然追いつかない。少し不思議な感じでした。静岡の市街地に入る手前でようやく、歩いている松浦さんに追いついたとき、やっぱり松浦さんの脚はパンパンだった。苦しいはずなのに、それでも爽やかな笑顔で迎えてくれた。松浦さんがゴールインタビューでビブスの重さを話されていましたが、不思議な感じというのは、松浦さんのそういう強い思いだったのかな、と。それが、追いかけている間に伝わってきて、追いついた時に理解できて泣きそうになりました」
 この後は「松浦さんの思いに応えるべく、続く限り全力で走ろうと」ひたすらゴールをめざした。

 そして大浜海岸へ。大勢の関係者、仲間たち、そして両親が迎える中、ダッシュで海岸を駆け上がり、ゴールまで走り切った。
「ゴールに多くの人が集まっていて恐縮しました。また今回も暗くなってからのゴールですみません、というのが正直なところでした」

 14年同様、滋賀県に住む両親はスタートからゴールまで、ところどころで応援してくれた。
「今回も、林家ペー・パー子のような両親が看板やポンポンを作ってずっと応援してくれていました。前回のゴール後はまともな話ができないくらいヘロヘロで『すまん』と思っていた。今回は話をしたり写真を撮ったりできたのでよかったなぁと」


手作りのボードなどを手に応援にまわってくれた両親と(写真=松田)


 米田に続いて、柏木、松浦、男澤、江口、桑山がこの日のうちにゴール。最後まで慎重に進んだ仙波は、翌日の10時半をまわってゴールした。
 言葉はいらなかった。ガッチリと仙波と握手すると、2人とも男泣き。
「前回のリタイア後、会ったときには、仙波さんに発破をかけるつもりで『クヨクヨすんなよ』とか『笑い飛ばせよ』とかドライなことを言ったりしたけど、あとで仙波さんの気持ちを考えると、めちゃくちゃ残酷なこと言ったなと後悔していました。(リタイアを)いちばん思い悩み抜いているのは仙波さん本人だと、本人の言葉や、ブログの端々からわかった。そこから解き放たれてよかったなと思いました」
「みんなが2年間待っていたゴール。仙波さんはカラダがピンピンしているのにスケジュール通りにしか来なくてみんなを焦らすから、大浜海岸に現われた時に思わず、『おせーよ!』と言っちゃいました。みんなそう思っていましたよね(笑)」

 

 17年5月には、田中正人が率いる日本を代表するアドベンチャーレースチーム「イーストウィンド」の一員として、南アフリカの大自然を舞台に行なわれたアドベンチャーレース「Expedition Africa」に出場した(結果は6位/39チーム出場)。
 14年のTJARで親しくなった佐幸直也らと組んだアドベンチャーレースチーム「サンコンズ」(※)でも、多くのレースに参戦している。このチームで海外のレースに出ることが目標だ。(※「サンコンズ」の名前の由来は、サコウさんをサンコンさんと捩った所からきているそうだ)
「よく『アドベンチャーレースに絞ったんですか?』と言われるんですけど、自分の中ではやりたいことを同時にできるのがアドベンチャーレースという位置付けです。今はどの競技のレベルも引き上げていきたい。魅力はチームでやるスポーツだということ。チームメイトを直接手で押したり引っ張ったり助け合うことを積極的にやりますが、チームで同じ時間を長く過ごすので、レース後の振り返りであーだこーだ言い合うのが楽しい。TJARの選手が仲良さそうに見えるのも、実際に一緒に行動するほか、同じレースで長く同じ経験をしているから、すぐ理解しあえるということがあるのかなと」

 18年大会のエントリーは見送った。
「スタートラインに立つための努力が足りていないと感じたから。特に14年の時の自分と比べて見劣りがすると思った」というのが、その理由だ。

 選手としてのエントリーは見送ったが、選考会のスタッフを務めたことで、新たな気持ちが生まれた。「選考会にスタッフとして参加していましたが、選考会2日目、スイーパーをやっている際に、仙丈ヶ岳から中央アルプス、北アルプスを一望できる機会がありました。その景色を見て、このレースの壮大さを感じることができて、再度トライしたいと思いました」
「次回挑戦するなら、タイム短縮よりも関門時間をめいっぱい使いたいですね。例えば、行かなくてもいい山に登ってきたり、回り道したり。せっかく夏休みに行くんだからやりたい事を詰め込みたい。そのためにはしっかり体力をつけないと……」
 今後の米田の挑戦、さらには2020年の夏が今から楽しみだ。

 


■米田英昭(よねだ・ひであき) (写真=宮崎)
1980年スペイン生まれ、滋賀県で育つ。現在は栃木県宇都宮市在住。小学校は剣道、中学は陸上、高校はアメフト、大学はBMXとさまざまなスポーツを経験。2008年、日光の男体山を登った際、空の青色の濃さに感動し、以降登山をするようになる。枠に捕われないフリースタイルな山の楽しみ方をしたいと思っている。職業は自動車エンジン系のエンジニア(写真=藤巻 翔)。

<最近の主なレース戦績>
2013年 分水嶺トレイルA 4位
2014年 TJAR2014 7日23時間14分(13位)
2015年 分水嶺トレイルB ソロ3番目
2016年 上越国際アドベンチャーレースエリートクラス 優勝
  エクストリームシリーズ奥大井大会 優勝
TJAR2016 完走
2017年 ARWS 南アフリカ大会 6位
        上越国際アドベンチャーフェスタ エリートクラス 優勝
リアルクエストアドベンチャーレース優勝

 


<選手へのQ&A>

――日頃の山行を含めた好きな山域は?
A:
・栃木の山(近いから)
・南アルプス(比較的近いから)
・アドベンチャーレースでコースだった上越の山 ブナ林が綺麗

――今回のTJARの装備のこだわり、工夫は?
A:
寝具:マクラとキルト(掛け布団)。
2014年はちょっと寝ては進んでを繰り返して結果的に効率の悪いメリハリのない行動をしていたので、今回はきっちり寝て行動中の質を上げるようにしました。枕選びは慎重にしました。

ザック:メジャーメーカーだけど使っている人が少ない。背面長が自分の背中にちょうどよかった。お尻にのっからない程度の短め。形状も底に向かってスリムで、底に着替えやヴィヴィなどの柔らかいものを入れて、上に重量物を載せていけば、うまく圧縮できるので気に入っています。開閉もジッパー一発なので、めんどくさがり屋の自分にはピッタリ。付属の紐はバンジーコードに変更しています。気に入った物は予備を持ちたくなる性分で最大3個持っていました。

――レース中、特においしかったものは?
A:前回同様スーパーまると(長野県木曽郡木祖村)で買ってお店の前で食べたスイカ(半玉)です。水分補給と利尿作用の両方でむくみ対策の効果を狙って、レース前から絶対食べようと決めていました。
聖平小屋の聖スティック(だったかな?) 少し固めスティック状の甘めのパンで、最後の一踏ん張りの元気が出ました。

――レースが終わったら食べたかったものは?
A:前回は海の幸でしたが、今回はマックのビックマックでした。ゴール後に、友人が用意してくれた1セットと両親が用意してくれた4セットを、後続選手のゴールを待ちながらモシャモシャずっと食べてました。

――今後、チャレンジしたいことは?
A:目下は来年2月にNZで行なわれるCOAST TO COAST(NZの南島約250㎞をバイク、トレラン、カヤックで横断するマルチスポーツレース)に完走することです。2017年にも出場しましたが、カヤックのスキルがイマイチで人生初の関門アウトになり悔しい思いをしました。カヤックが少しずつ上達してきているので、次はまずは完走したいと思ってます。それから世界のアドベンチャーレースに「サンコンズ」で出たいです。 ARWSという世界各地で開かれているシリーズ戦があり、旅行感覚で数年に一度のペースで1カ国ずつ出場するのがおもしろいなと思っています。自然の中で遊んでいろんな環境に対応できる、懐の深いチームで挑めればと思ってます。

 

<装備とウェア>(TJAR2016報告書より)
【ザック】 バーグハウス/ハイパー22
【露営具】 ストックシェルターPRO
【寝具】 ミニキルトUDD 2015 KLYMITピロウX
【マット】 山と道/ミニマリストパッド
【ストック】 BD/ウルトラディスタンス
【ライト】 BD/スポット、ジェントス/閃、ペツル/イーライト、シルバ/タイトライト
【ファーストエイド・ケア用品】 プロテクトJ1(皮膚保護クリーム)
【その他】 バーナー BSR、クッカー エバニュー チタニウム
【ウェア】 白色の布付帽子、シャツ、グレーのパンツ、アームカバー
【ソックス】 R×Lソックス TMW-37
【シューズ】 TNF/ウルトラカーディアック インソール:シダス/RUN+

 

米田英昭選手、完走後インタビュー動画

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