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「TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」Ver.28 田中尚樹 ナンバーカード20 20位

2018.08.15

「TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」Ver.28 田中尚樹 ナンバーカード20 20位(7日14時間13分)※4回目の出場

松田珠子=文

 
「大浜海岸が見えて『あぁ、終わっちゃうんだな』と……」
 階段を越え砂浜に足を踏み入れると、ゴールのフラッグまでが一本の道のように整備され、ヴィクトリーロードのようだった。最後は噛みしめるように進み、フィニッシュ。7日14時間13分、田中尚樹は2度目の完走を果たした。
 2010年に初出場して以来、4大会連続の出場。今大会で完走できたら、もうTJARへの挑戦は終わりにしようと決めていた。
「もともと、1回完走できればいいか、と参加しました。2回目に完走できて目標は達成できたが、もう少し行けるのではないか、と感じてしまった。次は7日を切りたいと、チャレンジしてリタイアしてしまった。今回は、自分の持っているすべてを出したらどこまで行けるのかを確認したかった。それができればTJARを終わってもいいかなと思っていた。天候に恵まれて、ミスはたくさんあったものの、やりたいことはできたので、僕の中ではとりあえず完結、と思っています」
 ゴールインタビューでは、清々しい表情で語った。
 

4大会連続出場で2回目の完走を果たした(写真=松田珠子)
 
 
 
<16年は最後の挑戦に>

 2008年夏、毎年行っていたアルプス縦走の際に、TJARを見かけて興味を持った。翌年、一人でTJARのコースを11日かけて踏破し、本戦への挑戦を決意。

 初出場の2010年は、体調不良により中央アルプス手前の藪原でリタイア。12年は、初日にスゴ乗越付近でハンガーノックに陥ったり、2日目には太郎平小屋で財布を汲み取り式のトイレに落とす(ザックに予備のお金を入れていたため事なきを得た)など、序盤からアクシデントが続いた。胃の痛み、足のマメにも悩まされたが、「1日19時間、頑張らないペースで動き続ける」を意識し、7日18時間13分、16位(完走18名)で完走。充実感に満たされたが、「もう少し行けるのではないかと欲が出て」、14年にもエントリー。初日に台風が直撃するなど、過去最悪のコンディションの中、序盤に左手の第3中手骨を骨折するアクシデント、さらに終盤には足のむくみがひどく「膝が曲がらなくなり」、茶臼小屋でタイムオーバー、リタイアとなった。

 このままでは終われない、と16年大会もめざすことを決めた。だがTJARのために山に行くことで、家族の時間を犠牲にすることも少なくない。12年大会前に生まれた長女はかわいい盛りだ。

「次に完走できたら、TJARは終わりにしよう」

 4度目の挑戦となる16年大会を最後の挑戦、と位置づけた。

 


14年大会、開会式の様子。ビブスナンバー17が田中(写真=杉村航/MtSN)

 

 16年に向けては、仕事も多忙になった。山に行く頻度が減った分、走力を強化しようと地元の市民ランニングクラブに入った。

「山の中をゆっくり長い時間走るのは、昔からけっこう得意だったんですけど、走るのが本当に遅いんですよ。参加要件(フルマラソン3時間20分、100㎞10時間30分)もギリギリで。14年までと比べて時間がとれなくなったので、走力をロードで上げた感じですかね。1㎞を4分半とか4分で走るペース走とかの練習にまぜてもらいました」

 参加要件をクリアし、書類選考、選考会を通過してからは本戦に向け「走力よりもアルプスに慣れることを優先」し、休みの日にはアルプスに足を運んだ。

 

 

<2度目の完走>

 迎えた本戦。序盤からマイペースで進みつつ、7日以内での完走も視野に入れていた。

 


馬場島までのロードを走る。右が田中(写真=山田慎一郎/MtSN)

 

「寒いのは苦手だけど、暑さはそんなに苦手ではない」という田中。好天の中、北アルプスの絶景を楽しみながら進んでいた。過去の経験から、30分で200kcalのエネルギーを補給する計画だったが、予定よりも多く消費していた。

 


早月尾根を進む(写真=田上雅之)
 
 
「暑かったせいか、水と食料がすごく減って、ずっとお腹が空いていました。今までいつも余らせていたので、今回食料を少なめにしたら、足りなくて……」
途中の山小屋にあるものを事前にチェックしていたが、裏目に出た面もあった。
「毎年北アルプスに通っていて、この8年くらい、一の越山荘にはカントリーマアム(クッキー)が毎年あったのであてにしていたら、売り切れたのか今回だけなかったり(苦笑)。なかなかうまくいかないなと」
 

一ノ越に到着し、実行委員の越田英喜(左)と“グータッチ”(写真=山田)

 


一の越山荘で。希望の「マントリーマアム」がなく、かわりに「柿の種」を購入(写真=松田)

 

 北アルプスでは、村上貴洋、仙波憲人、米田英昭、桑山史朗、栗原葉子らほかの選手と前後することも多かったが、中盤以降は単独で進むことが多かった。
「誰にも会わない時間帯がけっこう長くて、本当に普段のように一人で山歩きを楽しんでいた感じです。(TJARの)ゼッケンをつけているから、登山者にたまに話しかけられる感じでした」

 中央アルプスからは体のむくみも感じていた。14年大会、足のむくみがひどくなかったことから、山小屋で食べるカップラーメンの汁は残す、など塩分の取り過ぎに注意した。下山中に食料が切れ、ガス欠気味に。下山後、食料を補給するが、胃腸の調子が悪く、走ることができなかった。暑さの影響なのか、鼻血も出た。眠気とも闘いながら市野瀬へ。

 南アルプスに入ってからは、顔のむくみで目が開かず、コンタクトレンズが入らなくなっていた。
 睡眠は1日3時間はとろうと決めていた。だが後半になり疲労がたまってくると回復が追いつかず、ペースも上がらなくなっていた。
 
 

中央アルプス・熊沢岳の北側を進む田中。顔がむくんでいるのがわかる(國分仁さん撮影)

 

 最後のロードは、何度通っても長くきつかった。疲労が蓄積し、体が思うように動かない。富士見峠までは途方もなく長く感じた。富士見峠以降の下りでは、「思ったより走れた」が、平地に入ると猛烈な睡魔に襲われた。
「ロードに下りてから、最後だから1時間半くらいの睡眠で頑張ろうと思ったけど、やっぱりもたなくて、結局ロードで3回くらい寝てしまった」

 長い長い旅だったが、大浜海岸が近づくと、寂しさを感じたという。
「ゴールまで意識しなかったですけど、最後に大浜海岸が見えると、あぁ終わっちゃうんだと。08年に(TJARを)山で見かけてからずっとやってきて、これで終わるんだなぁと寂しかったですね。もう出ることはないかなと……」
 多くの応援者に迎えられ、フィニッシュ。家族も迎えてくれた。
12年に完走したときは、調子を崩しており、太平洋の水に入れなかったため、今回はしっかり海に入った。
ゴール後は、緊張の糸が切れたのか、しばらく動けなかった。
 

念願だった太平洋の水に浸かる(写真=宮崎英樹/MtSN)
 
 

「これからは今まで以上に家族の時間を大事にしたい」と田中(写真=宮崎)
 
 

<TJARは難しいからおもしろい>

16年を振り返ると「総じて、楽しかった」と田中は言う。
「天気がよかったので、普通に山登りが楽しかったです。大変なのは毎日大変です。バイオリズムがあるので、1日に1回くらいは調子が悪くなってつらくなったりする。でも、今までで一番楽しかった。ただ、単独が多くて、1日以上誰とも会わないこともあった。人との触れ合いが少なかったので、もうちょっと、まわりとからめたらよかったなと」「このレースに出る選手は、思い入れの強い方や個性的な方が多いので、話すとおもしろいんです」

 09年に単独で11日かけて踏破して以来、毎年のようにTJARのコースに挑んできた。本戦のない年も、半分以上の行程は踏破してきた。その中で怖い思いをしたこともある。
「事故は起こしていないけど、豪雨の中、低体温症になりかけたり……。危ない経験をすると、その次に行くときは、安心材料で『これも持っていくか』となる。経験値が上がれば軽量化していくのが普通だと思いますけど、僕の場合は、経験を重ねるごとに持つものがだんだん増えて、どんどん重たくなっていくんですよね(苦笑)」

 これまで4度出場した本戦の中で、いちばん山が楽しかったのが16年だとすれば、最も難しく、そしておもしろかったと感じるのは、14年の台風直撃のレースだという。
「4回出た中で、天気を含めて一番、ハラハラドキドキしたレースだった(苦笑)。こんな状況で進んでいいのか? とかすごく考えながら。あそこまでいろいろ考えて、一生懸命取り組むことはあまりないと思う。このレースのおもしろい点は、挑戦することや難しいことだけでなく、『非日常』というのもあると思うんです。いちばん非日常だったのが14年。普通、あの天気なら、家にいますよね。あのとき一緒に進んだメンバーとは、同士のような感じで絆が芽生えた気がします。貴重な体験だった。その後の足裏は最悪でしたけど(苦笑)」

「全力を出さないとスッキリしないけど、TJARで全力を尽くすのは難しい」
 16年、ゴール後に動けなかったのは、緊張の糸が切れたのか、全力を出し切れたからだったのか、自分でもわからないという。どこまで頑張れば、限界まで頑張ったことになるのか……。道中、一緒になった栗原葉子ともそんな会話をしたという。

14年大会のとき、田中は指を骨折しながらも、レースを続けていた。だが本人は言う。
「あの(指の)痛みはそこまでではなかった。痛みって慣れるんですかね。14年は、指よりも、足裏のマメだらけのほうがつらかった。少なくとも、痛いと思ったとき、痛みの限界は、自分が思っているところの3段階くらい先にあるんじゃないかとは思います」

「TJARは本当に難しいし、うまくいかない。だからこそ、本当におもしろい。これほどおもしろいものに出会えてよかった」
 そう田中は言う。4度目のTJARも「ミスはたくさんあった」。それでも完走し、12年の記録(7日18時間13分)を上回ることはできた。
「リタイアしたときって、何もかもが悪循環になって、本当にうまくいかないんですよね。今回は、トラブルやミスがあってもリカバーできるレベルだったので、意外とあっさりゴールできた気がします。完走できたことで『自分の力を出し切った』と自分に言い聞かせています(笑)」

 

 TJARへの挑戦に一区切りをつけるのは寂しさも感じるが、今後、やってみたいこともある。
「今まではTJARの練習の意味があったので、毎年ミラージュランドからやっていたけど、TJARの呪縛が解けたので(笑)、これからは親不知スタートとか、静岡からスタートして逆走するのもやってみたいなと。子どもが遊んでくれなくなったら、いろいろやってみたいなと、計画は立てています」
 これからも山を楽しみたいという思いは変わらない。

 

 
■田中尚樹(たなか・なおき) (写真=石上悠里江)
1975年大阪府出身、神奈川県在住。高校卒業後はバイクツーリングに熱中。大学2年のときに登山を始める。以来、登山歴は20年。08年夏に縦走に行った北アルプスでTJARのレースを見て、出場を志す。10年初出場(中央アルプスの手前・藪原でリタイア)、12年完走(7日間18時間13分、16位)。大手自動車メーカー勤務。
 
<主な戦績>
2010年 雁坂峠越え秩父往還143km走:19時間34分58秒
12年 川の道フットレース前半265km:45時間43分
12年 UTMF:41時間57分21秒
13年 小江戸大江戸200k・31時間30分29秒
14年 川の道フットレース512㎞:112時間12分3秒
14年 鶴沼ウルトラマラソン(100km):9時間51分21秒
15年 日本山岳耐久レース:12時間21分43秒
16年 海と緑のランニング大会(フル): 3時間18分14秒
 
 
 
<選手へのQ&A>
 
――日頃の山行を含めた好きな山域は?
A: 普段よく行くのは丹沢の大山です。理由は近いからです。朝、大山に行って帰ってきても10時ごろなので、休日は早朝に大山に行って、その後家族と出かけることが多いです。昔から北アルプスが好きだったのですが、最近は人が少なくて大きな山が多い南アルプスの中・南部(荒川―聖)がお気に入りです。
 
――普段の山行で持っていく行動食は?
A: カントリーマアム、ブラックサンダー、甘納豆、羊羹、おからだから、きんつば、ゆべし
 
――TJARの装備のこだわり、工夫、気に入っているところは?
A: 寒がりなので防寒具は人より多くて、ストックは少し丈夫なものを持っていくので他の方より装備が重いです。駒井(研二)さんのを真似たプチプチで作ったベストは2009年ぐらいからずっと愛用しています(最近は2枚重ね)。
 
――レース中、特においしかったものは?
A: お腹が空いた状態が続くので、山小屋での食事はどれもおいしいです。やっぱりお米を食べられるのがいちばんありがたいと感じます。
 
――レースが終わって食べたかったものは?
A: とんかつや焼き肉などガッツリ系の物が食べたかったです。でもレース後はいつも胃がやられていて、あんまり食べられなかったりします。
 
 
 
<装備とウェア>(TJAR2016 大会報告書より)
【ザック】 THE NORTH FACE/FP25
【露営具】 ヘリテイジ/ストックシェルター
【寝具】 SOL/エスケイプヴィヴィ+ダウン上(モンベル/EXライトアルパインジャケット)+タイベックスズボン
【マット】 山と道/U.L.Pad15s+
【ストック】 SINANO/トレッキングポール フォールダー/FREE
【ライト】 エナジャイザー/HDL250とHDL200

【ファーストエイド・ケア用品】プロテクトJ1

【シューズ】 (前半)HOKA/STINSONATR (後半)HOKA/BONDI B
【レインウェア】 モンベル/ストームクルーザー
【アンダーウェア】ファイントラック/アクティブスキン上下
【ベスト】 自作のプチプチべスト×2
【ソックス】 R×L/メリノウール超立体5本指 & DEXSHELLの防水靴下
 
 

 

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