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「TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」Ver.30 朽見太朗 ナンバーカード5 DNF

2018.08.16

「TJAR2016 - 鉄人たちの熱い夏」Ver.30 朽見太朗 ナンバーカード5 DNF(4日9時間24分・三伏峠の先) ※2回目の出場

松田珠子=文


 8月11日、山の日の朝9時前、朽見太朗は三伏峠を出発したが、1㎞ほど進んだところで脚に痛みが走った。前日の塩見岳で感じた膝の激痛だった。これ以上進んだら、無事に下山できないと確信した。ビブスを脱ぎ、ザックのナンバーカードを外し、大会本部に電話をかけ、リタイアを報告。その後、通過していく北野聡、斉藤聡之の両選手にリタイアを告げ、「静岡まで頑張って行ってください」と伝えた。

 一度三伏峠に戻ると、スタッフにはすでに朽見のリタイアが伝わっていた。登山口の鳥倉のバスの発車時間まで4時間以上ある。ゆっくり向かっても間に合うことをスタッフに告げ、下山を開始した。

 



北アルプス・一ノ越を過ぎ、五色ヶ原へ向かう(写真=山田慎一郎/MtSN)

 

<暑さが続いた16年>

 14年大会では、初出場組で最上位となる9位で完走した。この2年も、仕事以外のほぼすべての時間をTJARのために費やしてきた。毎週末、1日あたり10時間前後の高山縦走を2日間(標高2000m以上での野営)、平日は週に1~2回は都内ジムで標高4000~6000m設定の低酸素室でのトレッドミル傾斜走、さらにはロード区間を意識したペース走などのトレーニングも行なった。TJARのための考えうる準備はやり尽くした2年間だった。

 16年大会前に口にした目標は「5日切り」。それまでの大会記録をも上回る。優勝や新記録を意識しているわけではなかった。トレーニングやシミュレーションを重ねた中で、到達可能だと判断した記録でもあった。

 16年大会は、初日から好天による暑さが続いた。
 まず馬場島までのロード。14年大会は最下位で山岳区間に入ったが、今回は5番手前後で通過。朽見にとっては「3週間前の試走どおり」の走りだった。



馬場島までのロードを快調に走る(写真=山田)

ロードを終え、山岳区間へ(写真=山田)


 早月尾根では暑さで大腿四頭筋の火照りを感じながらも、3~4番手でレースを進める。標高2500m付近での自らの動きのよさに、高所トレーニングの効果を実感していた。

 


早月尾根を進む朽見(写真=田上雅之)


 立山からは紺野、石田とともに一ノ越へ。トップの望月から30分遅れて一の越山荘に到着。「こんなに暑いのは練習でも1、2回じゃないか」と語っていた。一ノ越以降、紺野、石田と前後しつつも、練習通りのペースを刻んでいく。

 


一の越山荘にて、応援に駆け付けた平井小夜子と談笑する(写真=松田)

 

 越中沢岳では望月との差が1時間と知り、自らのレベルが上がっていることを実感していた。

 五色ヶ原あたりで、早月尾根の時点で感じ始めていた筋肉の火照りが、さらに気になっていたが、痛みはなく、この時点では前進するペースに影響はなかった。
 初日は黒部五郎小舎でビバーク。望月、紺野も同じところでビバークしていたことを後で知り、驚いたと振り返る。

 3時間の仮眠で2日目スタート。望月、紺野が先行し、朽見、石田、渡部が「ほぼ等間隔で」進んでいた。初日に熱を感じていた大腿四頭筋の相変わらずの火照りと筋肉痛が気になりつつも、上高地をめざす。

 上高地のチェックポイントを10時過ぎ通過。バス停で、「レース始まって以来の食事大休憩」をとる。灼熱のロードを「オーバーヒートしないように、汗をかかないように」、ペースをコントロールしながら進んでいた。沢渡では冷凍のペットボトル飲料を購入し、大腿四頭筋や首筋のアイシングを施した。



国道158号、沢渡~奈川渡ダム間のトンネル内を走る朽見(写真=山田)


奈川渡ダム付近にて。ロードの照り返しが熱い(写真=山田)


 大腿四頭筋に痛みが出始め、境峠からの下りは後ろ向きの歩きも取り入れながら進む。スーパーまるとでは2回目の大休憩。店長からほかの選手の情報を聞きながら、大腿四頭筋を氷でアイシングした。

 旧木曽駒高原スキー場に着くと、望月・紺野がちょうど出発するところだった。
「初めてレース中に望月選手と会えて、嬉しかった。同時に、自分の位置に新鮮さを感じる自分と、遠くから憧れのような気持ちで見る自分がいて、不思議な感覚になった」

 木曽駒ヶ岳の登りでは、左脚の膝裏に若干の違和感を覚えた。このときはまだ、腸脛靭帯炎だとは思わず「大腿四頭筋の硬さが気になっていた」。
 ペースは悪くなく、木曽駒ヶ岳、さらには宝剣岳をめざした。大腿四頭筋が少し回復したことで、平地と下りは走りを混ぜて進んだ。熊沢岳を過ぎてからは、宝剣山荘で調子を崩しながらも、その後復活した紺野にかわされた。

 中央アルプスを下山してからのロードでは、大腿四頭筋の火照りが少しずつおさまり、腸脛靭帯も問題はなさそうだった。下りは後ろ向き歩きをするなど、動きに変化をつけながら進んだ。しかし、ロードの終盤、左脚の腸脛靭帯が「ヤバイ」と感じ、市野瀬で大休憩をとることにした。

 お風呂では温冷浴をしてストレッチ、市野瀬では6時間寝て回復を図った。

 翌日、脚はよくなっていなかった。この時点で、「リタイアする可能性を頭に置き始めた」。

 登りはコースタイムの60%くらいで登れていたが、下りは80%の時間がかかるようになっていた。熊の平小屋では、カレーの大盛りを注文した。大盛りを頼んだのは初めてだった。
「体は絶好調なのに、左の腸脛靭帯だけが悪い。こんなことは初めてだった」
 悔しさが募った。

 北荒川岳からの下り途中、「1発目の」左脚の激痛で動けなくなるが、このときはすぐに回復した。塩見岳からの下り、2850m付近で2度目の激痛。膝が曲がらず動けなくなり、5分ほど座り込んだ。
「我慢できる痛みとは質の違う、刺すような激痛」だった。
 スピードが上がらないまま、三伏峠へ。ストックシェルターを設営し、朝まで寝て様子を見ることにした。

 起床後、テント場横の階段をゆっくりと上り下りして脚の調子を確認する。腸脛靭帯は思ったほどは悪くなさそうだった。
 しかし、脚に激痛が走り一時的に動けなくなった場面を思い起こすと、この先で同じような症状が起きた場合、安全に下山できる保証はない。自己責任、自己完結が理念であり選手の義務でもあるTJARにおいては、自力で下山できない状態に陥るわけにはいかない。
「体調はよく、腸脛靭帯の痛みのみ。ペースを落としたことで筋肉痛もほとんどなく食欲は変わらず旺盛。体は本当に元気なんですけど……」
 出発前、朽見はそう話していた。



三伏峠にて。脚の状態が回復せず朝まで様子を見たが……(写真=松田)


 到着していた北野聡より先に出発した。だが、1㎞ほど進んだところで、前日塩見岳で感じたのと同じ脚の激痛が走った。朽見はリタイアを決めた。



三伏峠から逆走応援に出発する大西靖之と握手で別れる (写真=松田)


 リタイアのそのとき、朽見は何を考えていたのか。
「テレビでも放映されてしまいましたが、リタイア自体は前日に塩見岳で脚の痛みが尋常でなくなった時点で半分覚悟していて、三伏峠のCPに着いた時点で『回復していなかったらリタイアします』という言葉が自然と出ていたという感じです。翌日も半分ダメだろうなと思いつつ、1、2㎞進む分には事故も起こさずに戻れるだろうから、ダメなのを確認する意味でも一回は出発してみようという気持ちでした。さすがに、リタイアする時は前回大会からの2年間の時間を思い出して涙が出てしまいましたが、その後の下山では思ったよりも淡々とリタイアのことを受け入れられていて、帰宅までの行程や、着替えを持っていなかったのでどこで調達するかなど、それこそ『下山計画』のようなものを自然と考えていました」

 リタイアの原因について聞いてみると、「暑さ対策の不足」と「カラダのケア不足」があったと言う。
「暑さ対策については、どうしても高所でのトレーニングを意識するあまり、低地や暑い環境での練習をしていませんでした。大会1日目は本当に暑くて、早月尾根を登り剣山荘へ下りた時点で両脚の大腿四頭筋が熱くなっていました。その後も直射日光が照りつけるなか筋肉は熱いまま、2日目になると本当に両腿が痛くて、暑いロードをそのまま進んだことで大きなダメージを負ってしまいました。結果、膝や脹脛靱帯にダメージが蓄積し、3日目の中央アルプスを下るときにはおかしな状況となってしまいました。また、大会2週間前までほぼ毎週1泊2日のファストパッキングをしていたことで、自分が意識している以上にカラダにダメージが溜まっていたのではないかとも思っています。リタイアした後、埼玉県の南浦和にある聖整体院というアスリート御用達の先生にお世話になり、自分のカラダの状態がかなり悪かったことがわかりました。その後はカラダのケアの方法を教わることができ、ケガのないまま今までトレーニングを続けられています」と。

 TJARのリタイアから再始動するまで、どのように切り替えたのだろうか。
「再始動というか、意外とすんなりリタイアを受け入れることができていたので、一時的な故障が治ったら、レース前からの延長線上ですんなり山に入ることができました。脚の痛み自体も急性的なもので、整体の先生もケアをしてくれたので、1カ月後にはゆっくりとですが石川県の白山や山形県の飯豊連峰にも登ることができました。あとは、せっかくここまで速く動けるようになったのだからもったいない、もっと山を楽しめるようにさらに上をめざそうと思ったというところでしょうか」


<今年最大の目標はトルデジアン>

 朽見は目下、今年9月にイタリアで開催される330㎞の山岳レース、トルデジアンに向けてトレーニングに励んでいる。
「TJARのためのトレーニングをすればトルデジアンにも対応できる、と言う人がいるのですが、TJARとトルデジアンはまったく違うと思っています。トルデジアンはシェルターや寝袋を持つ必要がなく、「トレイルランニング」に近い装備で行けるのはありますが、いちばん大きな違いは『コース』です。TJARは一度稜線に上がってしまえば細かなアップダウンを繰り返し、北・中央・南アルプスの最後に一気に下るだけですが、トルデジアンは標高差約1300mの一気登り・一気下りを10回以上繰り返します。距離はトルデジアンのほうが短いのに、累積標高はトルデジアンのほうが大きい。なので、練習方法を変える必要がありました」

 


トルデジアンはイタリア北西部のヴァッレダオスタ州をほぼ一周する、壮大な山岳レースだ(写真提供=朽見)

 

 これまでは、日本アルプスの稜線を長時間歩いたり走ったりすることがメインだったが、最近は標高差の大きい登山口と山頂を1日で何往復かするようなコースどりが多いと言う。
「それでも景色のいいところに必ず行くようにしています。トレーニングのためだけでなく、山を楽しむために行っているので」とも。

 16年大会はリタイアとなったが、朽見が飛躍的に実力をアップさせていたことは明らかだった。本人は、「練習どおりのことをやっただけ」と冷静だ。
「基本的には前回と考え方も変わっていないんです。2016年は、たまたま前のほうでレースができた。自分はトップアスリートでもない。山のレースの実績もない。そこはトレーニングの量で補うしかないと思っている、質も大事ですけど、まずは量。一般人がこのレベルで進むためには、トップ選手たち以上のトレーニングが必要。そこが大前提だと思っています」
 それが実際に行動に移せるのが朽見の強さなのだろう。だが、本人に特別な意識はない。

「その人の環境にもよると思います。家庭の事情で難しい人もいるでしょうし、メンタリティ的に合わない人もいると思います。できるかできないかというよりは、好みの問題な気がします。そういう競技志向でやるかどうか。何を優先したいか。山だけじゃなくて、いろんなことを楽しみたい人もいるでしょうし……」
 ストイックに見える日常を、朽見は好んでやっているということだろう。

「TJARには何らかの形で関わり続けたいと思っています」と朽見。18年大会では南アルプス後半のスイーパーを務める予定だ。
 朽見の他にも、過去にTJARを完走したメンバーが今年の大会にスイーパーとしてずらりと並んでおり、今年は大会を支えるスタッフやスイーパーにも注目だ。

 TJARへの再挑戦についても考えている。「2022年か2024年ごろ」と朽見は言う。
「自分のアスリートとしての寿命はそう長くはない。体力的な面だけでなく、年齢を重ね仕事も忙しくなる中で、世界の舞台で歩いたり走ったりできるのはおそらくあと4、5年。しばらくはトルデジアンをはじめ海外の長距離山岳レースで、トップの選手たちがどんな景色を見ながら歩き、走っているのか、知りたい」
 朽見の挑戦から、しばらくは目が離せそうにない。


■朽見太朗(くちみ・たろう)  (写真=山田)
1981年、東京都出身、在住。中・高・大とバドミントン部に所属し、社会人になってからもクラブチームで試合に出ていた。バドミントンの練習の一環でランニングを行ない、05年、23歳のときに初フルマラソン完走。07年、25歳のときにトレイルラン、登山を始める。14年にはTJAR完走後、アンドラ・ウルトラ・トレイル(100マイル)にも出場、完走。職業はスポーツ関係団体職員。

 

<主な戦績>
2015年 Andorra Ultra Trail 48時間45分41秒完走
2014年 Grand Raid Reunion 50時間23分44秒完走
フルマラソンベスト 2015年 古河はなももマラソン 3時間5分29秒


<装備とウェア>(TJAR2016 大会報告書より)
【ザック】 MONTANE/Dragon20
【露営具】 信州トレイルマウンテン/ストックシェルターPRO
【寝具】 Highland Designs Minimo Quilt UDD
【マット】 山と道/Minimalist Pad
【ストック】 ①ヘリテイジ/UL トレイルポール ②MOUNTAIN KING/TRAIL BRAZE
【ライト】 ①Black Diamond/SPOT ②EDELRID/Novalite
【赤色点滅等】 PETZL/e+LITE
【ザックアカバー】 SEA TO SUMMIT/Ultra Sil Pack Cover
【ヘルメット】 PETZL/シロッコ
【ノースリーブ】 MONTURA/OUTDOOR TRAIL CANOTTA
【ショーツ】 MONTURA/RUN FAST SHORTS
【ベースレイヤー・上】(長袖)ONYONE/メーカーさんの試作品
【ベースレイヤー・下】(ロング)finetrack/Floodrushスキンメッシュタイツ
【ミドルレイヤー・上】 finetrack/ポリゴン2ULジャケット
【ミドルレイヤー・下】 finetrack/ポリゴン2ULパンツ
【防風シェル】 Berghaus/Vapour Light Hyper Smock2.0
【レインジャケット】 THE NORTH FACE/HYPERRAIR GTX JACKET
【レインパンツ】 finetrack/エバーブレス フォトンULパンツ
【帽子】CW-X/スパッタリングキャップ
【サングラス】 SWANS/SOU-Ⅱ-M
【グローブ】 ①finetrack/floodrushパワーメッシュインナーグローブ ②smartwool/NTSミッド ③ショーワグローブ/テムレス(透湿防水)
【ソックス】 ①R×L SOCKS/TRR-34G
【シューズ】 INOV-8/TerraClaw

 

<選手へのQ&A>

――日頃の山行を含めた好きな山域は?
A: やっぱり南アルプス、特に荒川三山ですね。景色が素晴らしい、樹林帯から稜線まで変化に富んでいてさまざまなサーフェスを楽しめる、山一つひとつが大きい。2017年に初めて冬にも縦走しましたが、素晴らしい景色とテクニカルな場所もある、本当に最高のフィールドです。小屋のスタッフの方々がとても親切で、荒川小屋の荒川カレー、荒川丼、百間洞山の家のカツカレーは本当においしいです!

――山行でよく持参する、または気に入っている行動食は?
A: Pulsinというプロテインバーです。グルテンフリー、シュガーフリー、ソイフリー、ラクトフリーと揃っていて、栄養のバランスがよく重宝しています。また、行動食ではないですが、冬山ではチータラを持っていきます。冬山で凍らずにタンパク質がとれるものってなかなかないんですが、チータラは固くならず、おいしく食べられます。

――今回のTJARの装備のこだわり、工夫は?
A: 考え方は2014年と変わっていません。台風が来ても大丈夫な装備、だけど「余計」なものは持たない。なので2014年に比べてマイナス1.5㎏となっています。何を削ったということではなくて、一つひとつのものを少しずつ軽くした結果だと思ってます。

――レース中、特においしかったものは?
A; 2016年は三伏峠でリタイアしてしまったので、荒川小屋、百間洞山の家まで行けませんでしたが、やっぱり上で書いたご飯は最高です。2016年はなかなか余裕がなく、ご飯を楽しむ余裕がありませんでしたが、南アルプス仙丈小屋のカレー、熊の平小屋の同じくカレーは最高においしかったです!

――レースが終わったら食べたかったものは?
A: 三伏峠からリタイアして、松川の日帰り温泉で野菜のサラダをたくさん食べました! レース中はなかなか野菜が食べられないので、ダメージを受けたカラダにしみました。

 

 

 

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