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YUKARI Mountain Link セーフティーアクション#7 「西田由香里の山岳事故を振り返り、山での想定外を減らす」レポート

2019.12.27
2019年2月、山岳アスリートの西田由香里さんが中央アルプスの仙涯嶺(2734m)での滑落事故で亡くなった。トレイルランニングやSKIMOなどで活躍し、2014年のトランスジャパンアルプスレース(TJAR)では、女性として3人目の完走者となった。二児の母でもあった由香里さん。このような悲しい事故が二度と起きないようにと、自身も登山、BCスキー、マウンテンバイク、クライミングなどさまざまな山のアクティビティに取り組んでいる夫の西田渉さんが、田中ゆうじんさんと共に「山岳スポーツジャンルの垣根を超えての語り合いが必要」との意思を持ち、『YUKARI Mountain Link ※』を立ち上げ、Facebookグループでの情報発信や、山の安全を考えるための活動を行っている。その活動として、12月1日(日)、長野県安曇野市内で『YUKARI Mountain Link セーフティーアクション#7』と題して、由香里さんの山岳事故報告会とディスカッションの場が設けられた。
※西田渉さん、田中ゆうじんさんが中心となり、由香里さんの死を無駄にしないために、由香里さんが繋いだ多くの仲間と家族が末永く自然を楽しむためにと、由香里さんの事故後、FBグループでの山の安全に関する情報発信と活動を始めた。現在、FBグループには現在800人を超えるメンバーが加わっている。


トレイルランやSUKIMO等での活躍に加え、主婦、母親、薬剤師など
何足ものわらじを履きこなしていた由香里さん。
パワフルでチャーミング、親しみやすい人柄で多くの人から愛された。
 
当日は登山やトレイルランニング関係者、由香里さんと親交のあった人たちなど多くの参加者があり、会場となった定員70名の会議室は満席。参加者の由香里さんへの想いや山の安全への関心の高さがうかがえた。司会進行は田中ゆうじんさん。四季を通じてさまざまな角度から山を楽しみ、美ヶ原トレイルラン&ウォークinながわでコースディレクターを務めるなど、アウトドアイベントにも多く関わっている。由香里さんとは300回以上も一緒に山に行くなど親交が深く、当時から「『山に入る以上はすべて登山』という、ボーダレス・ジャンルレス・シームレスな視点がもっと必要ではないか」(ゆうじんさん)という認識のもと、由香里さんともさまざまなスタイルで山に入っていた(※参照:田中ゆうじんさんの西田さん追悼記事)。
 
今回は「西田由香里の山岳事故を振り返り、山での想定外を減らす」をテーマに、渉さんによる由香里さんの山岳事故の詳細報告および遺品回収の報告、各分野のパネラーによるプレゼンテーション、さらには参加者をまじえたディスカッションが行われた。パネラーを務めたのは、山岳ガイドの二木港雪さん、トレイルランナーの大内直樹さん、登攀クラブ安曇野(CCA)に所属し、由香里さんの山岳事故検証・遺品回収山行メンバーである豊田政雄さん、日本スカイランニング協会(JSA)安全環境委員長の木村卓哉さん、救命医師で日本登山医学会国際山岳医でもある柴田俊一さんの5名。それぞれの立場で山に関わっている視点から、今回の事故の見解、リスクや安全への考え方を示した。
 

司会進行の田中ゆうじんさん。夏はトレイルランからバリエーション登山、冬から春は自ら提唱するスタイルのBCスキーで、
ソロ・タンデム問わず北アに入るなど、主体的な登山の経験が豊富。アウトドアイベントのMCやディレクターとしても活躍。
 

環境、②パーティの行動、③装備・技術、④本人の行動という4つの要因で、小さなミスが重なり事故が起きた

事故報告の際、まず渉さんから、近年のインターネットやSNSの普及により、山の情報が容易に入手できるようになったこと、そして気軽にメンバーの招集ができる現状についての提起があった。
「今は、いろんなジャンルのスポーツプレーヤーが気軽に自然環境の中に入っていける状況がある。結果的に、山であるがゆえの事故が絶えない」と渉さん。
例えばトレイルランから本格的な山へ挑戦していく場合、「タイムを縮めたい」や「距離を伸ばしたい」という自身の「技術、体力」に加えて、登山であれば「さまざまな山で登りたい」や「山の難易度を上げたい」といった目標は、個々の向上心を高める原動力となる。と同時に、山には危険が伴うことを認識しなければならない。「技術、体力」に加えて「環境(危険要因を見抜く)と装備」が「山で危険を回避する力」――その両立が必要だと指摘した。
 
由香里さんの事故が起きたのは、2019年2月10日。メンバーは5名。由香里さんを含む30~40代の女性4名、50代の男性1名。いずれも、冬山の経験は豊富なメンバーだった。由香里さんはSNSを通じてパーティに参加、もともと面識のあった1名以外のメンバーとは初対面。5名のうち1名のみが、今回の山行ルート経験者だった。
 
行程としては、中央アルプス伊奈川ダムより、越百山―仙涯嶺(2734m)―南駒ヶ岳を周回する2泊3日、由香里さんは越百山往復1泊2日の予定だった。天候は降雪、前週の中日に一度気温が上がり、雪が一度溶けた。例年になく雪が少ない状況だったという。当日は強い冬型、寒気。10日は天候が一度回復し、行動中は晴れ間が見えるだろうと様子を見ながら進むことになった。
 
前日、テント装備で入山。森の中、スノーシューでラッセル。体力があることから、由香里さんが先導しながら進んだ。初日は、越百山避難小屋で宿泊。朝4時頃出発、越百山経由で仙涯嶺に登頂。8時頃、仙涯嶺山頂直下の夏道における岩場トラバースの終了地点付近で、2番目を進む由香里さんがバランスを崩し、崖から約200m滑落。10:45にヘリコプターにより搬送され、病院で死亡が確認されたという。
 
今回の滑落事故はなぜ起こったのか。原因を探るべく、2019年3月から10月にかけて、登攀クラブ安曇野(CCA)メンバーを中心に、山行メンバー、山岳ガイド、山岳医、プロトレイルランナーなど、さまざまな分野の専門家も加わり、仙涯嶺検証山行、遺品回収山行 およびディスカッションを行い、事故の原因につながる様々な要因の抽出を行った。それにより、大きく4つの要因(①環境 ②パーティの行動 ③装備・技術 ④本人の行動)に分けた。さらに、ハザード(危険要因)ソース、ハザード、リスク(悪い結果)に分け分析を行い、事故の要因と課題を抽出。その結果、この事故が①危ない場所で、②意思疎通が少なく、③装備が不足し、④転倒し、滑落 というミスの積み重ねで起きたことが分かったという(下図参照、要因分析のサマリー)。

 

では、回避は可能だったのだろうか。ディスカッションの中で4つの要因のうち、①環境と④本人行動については、回避できないという考えにいたった。まず①環境だが、自然環境は変えられない。④本人行動については、踏み外しや転倒は減らすことはできても、ゼロにはできない。
 
残る2つの要因、②パーティ行動、③装備・技術の部分で、山での危険を回避する力を身につけるためにはどうすればよいか。さらに、山という特殊で時に過酷な環境下での行動判断ミスにつながった様々な先入観=バイアスの回避も今後の課題となる。
 
パネラーによるプレゼンテーション、パネルディスカッションでは「準備する」「備える」ことの重要性が指摘された。山岳ガイドの二木さんは、③装備・技術について「例えば、ロープを持っていても必要なときにすぐ使えなければ意味がない。装備は使えるように準備しておくこと。さらに使える技術を身に着けておくことが大事」と語り、さらに②パーティ行動に関し「SNSなどでの公募型の山行が増えているが、公募型グループの場合、リーダーの力量や参加者の技量がわからないのは危険。責任感も生まれにくい」と公募型登山のリスクについて言及した。
山岳医の柴田さんからは、実際の事故事例から登山時にヘルメットを着用することによるリスク回避の効果について「必ずしも言い切ることはできないが、ヘルメットを装着することで、衝撃吸収や頭部裂傷回避効果の可能性、重症化回避の効果の可能性はある」との説明があった。
 
また、①環境に対する備えについて、危ないかどうか、に備えるためには最悪の事態が想定できる癖をつけておくこと、イメージトレーニングが有用ではないか、という意見が出た。
さらに参加者からは、毎回の山行で、Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(改善)を繰り返すPCDAサイクルの手法を取り入れ、山行の結果を次につなげることが大切ではないか、との声も上がっていた。適切な山岳会では計画段階での調整と山行後の報告がある。計画段階ではリーダーの明確化や初心者レベルを考慮したルート・装備選択、さらにメンバー外の経験者からのアドバイスやチェックが行われる。そして山行後の報告があり、危険箇所、当時の行動判断、事故・怪我などの情報が共有され、次の山行やトレーニングに活かされる。SNSで集合するパーティに比べてPDCAサイクルが確立されている。山岳会にはこういった素晴らしいシステム、大きなメリットがあること、その機能を担うことをもっと外に情報発信し、より正しい情報(SNSでは美しい写真や楽しい報告のみがなされがちである)が共有されていくべきではないかとの意見もあった。
 
 

パネラーとして参加した大内直樹さん。日本山岳耐久レース(ハセツネ)第7回大会優勝、
現在は年2回ほど海外のレースに出場している。由香里さんと山を走る機会も多かったという。
 

夫・渉さん。「“他人事”ではなく、“自分のこと”として捉えてほしい」

近年の登山ブームを背景に、山での遭難・事故は後を絶たない。2018年では、年間の遭難者のうち死者は52人、行方不明は5人。死者の内訳は転落・滑落が34人と最も多く、病気5人、落石1人、雪崩1人などだった。遭難者のうち、けが人は146人で無事救助された人は127人(信濃毎日新聞より)。2013年から年間2000件以上の高水準が続いている(警察庁)。
 
山岳死亡事故により、突然愛する家族を失った遺族の悲しみ、精神的苦痛の大きさはいかばかりか。山行を共にしたメンバーも同じ気持ちである。自己責任では到底片付かない辛さが残される。以下、渉さんの冒頭の挨拶での言葉から引用させていただく。
 
「2019年2月10日に西田由香里は中央アルプスの仙涯嶺で滑落死しました。私自身、いつものように山に送り出した由香里が、まさか、なぜという思いでした。20年以上山をやり続けて、雪崩で大切な親友をなくした経験もあり、山岳遭難についてセルフレスキュートレーニングや危険意識を持ってきたつもりでしたが、そばにいる最愛の妻をなくすという失態を犯してしまいました。家族を亡くすということは、残された子供たち、親戚、そして由香里を愛してくれた多くの仲間たちに対して大きなインパクトを与え、その生活も大きく変わりました。由香里も子供の成長を見たかったと思います。このようなことはあってはなりません。今私たちの家族は、山を愛する人たちに支えられて生活しています。また、子供たちは成長しています。私は、由香里を想ってくれる仲間たちが山を安全に楽しめる世界、成長していく子供たちが楽しめる世界を作ることを全力で行っていこうと決意しました。由香里の命がかかったことです、大抵のことはできる、やれると思っています」
 

夫の西田渉さんによる、由香里さんの事故報告。渉さん自身も登山、BCスキー(テレマークスキー)、
マウンテンバイク、クライミングなど、さまざまな山のアクティビティに親しむ“山ヤ”だ。
近年ではノルウェー最北のFinmark AlpsでBCスキー、ソロでの立山~槍ヶ岳スキー縦走を楽しんだ。
 
渉さんが、由香里さんの事故以降、考え続けてきたことがある。それは、世の中には、山の安全に関する本やネットでの知識取得、優れたガイドやプロアスリートによる安全講習会、技術講習会……優れたコンテンツがあるのになぜ事故は起こってしまうのか――。その中で、渉さんの中で一つの方向性が見えてきた。
 
「優れたコンテンツはあっても“他人事”であれば、心に響かなければ、埋もれてしまう。埋もれないためには、心に深く、事故の経緯を具体的に知り、隣にいた仲間のこととして心に刻み込むことが必要です。そして由香里が山を楽しんだ、その価値感や、楽しさ、挑戦、山岳活動そのもの素晴らしさも含めて一つの身近なストーリーとして心に刷り込まれて、心にいつも、いざと言う時、残っていることが大切でないかと思います。思いや友愛という形で心に深く残ることで、山での活動において“自分事”としての意識が芽生えると信じています」
 
ディスカッションでのある参加者の言葉が印象的だった。彼はカナダでの登山で、あわや遭難という経験があった。最終的には自力で下山しことなきを得たが、その際、カナダの山仲間たちの対応が印象に残ったそうだ。
「お前、やらかしたな、良い勉強になったな、と笑顔で迎えてくれた。日本とは違うなと感じた。日本では、一つミスをすると、批判が集中したり、吊し上げ、みたいな空気がある。山岳事故の事例があまり公にされないのも、そこに起因するのではないか。今回の西田さんのように、事故が当事者側からこのように詳しく報告されることはあまりないので、感謝したい。社会としても(西田さんの事故の教訓が)広がればいいなと思うし、こういう活動がどんどん広がってほしい」
 
今回のパネルディスカッションを「さらに今後へつなげていきたい」と渉さんとゆうじんさん。
「今後、様々なジャンルにまたがった西田由香里の繋がりを通じて、具体的なアクションを展開し、垣根を超えた、安全な山岳スポーツのあるべき姿を模索していきたいと思います」
 
「YUKARI Mountain Link セーフティーアクション」は#8へと続く。
 

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