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連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.21 2014年の勇者たち (16)石田賢生

2016.03.18

2014年の勇者たち(16)石田賢生 ナンバーカード14 4位(6日間16時間47分) ※3度目の出場

取材・文=松田珠子

 

「おかえり~!」「おかえりなさい!」
 駆けつけた応援者たちの声が次々飛び、拍手が沸き起こった。笑顔で大浜海岸に姿を見せた2選手は、手を取り合ってゴールし、握手をかわした。砂浜にザックを下ろすと、並んで海岸に向かって歩き始め、あと少しで波打ち際、というところまで来ると、「ヨーイ、ドン」とでも声がかかったかのように、息の合ったダッシュで、揃って海に飛び込んだ。
 2010年、12年と2大会続けて途中リタイア、3度目の挑戦で悲願の完走をめざした石田賢生と、12年は望月将悟に続く2位でゴールした阪田啓一郎。仲が良いことで知られるこの2人が一緒にゴールした場面は、14年大会のハイライトシーンの一つであった。



14年大会のゴール。海に飛び込む阪田(左)と石田。(写真=小関信平)


<バイク旅での出会いがきっかけで……>

 石田は、静岡県伊東市の自然豊かな環境で生まれ育ち、「遊ぶのは山の中」という子ども時代を過ごした。中学、高校時代は帰宅部で「運動やマラソンは、どちらかというと嫌いだった」。体を動かしていなかったわけではない。高校時代は、自宅から学校まで、山道を歩いて通学していた。
 「家から学校に行くのに、本当はバスと電車を使うんですけど、親からもらった定期代を使うのがもったいなくて(笑)。家の近くの山を越えれば、歩いて40~50分で行ける。登山道というか、ほとんど人も通らないけもの道でしたね」

 高校卒業後は、お金をかけない国内旅行が趣味となり、青春18きっぷでの電車旅やバイクツーリングを楽しんだ。大型二輪免許も取得し、250ccのバイクに乗ることもあったが、旅先へは原付バイクで行くのが好きだったという。
 「大きいバイクで楽に行くよりは、原付みたいな小さいバイクで行くほうが楽しい。条件を厳しくするほうがおもしろい、というのはありました」



バイクツーリングに熱中していた頃。写真は岩手、秋田、山形を回った時(写真提供=石田)

 

 そんな石田が走り始めたのは、偶然の出会いがきっかけだった。06年GW、九州一周ツーリングをしていたとき、佐賀県の嬉野(うれしの)温泉で、同じくバイクツーリングが趣味だった三重県在住の阪田と野宿した場所が一緒になり、意気投合したのだ。もう一人、そこで知り合った静岡県在住の浜中誠氏と、「嬉野で3人が出会った」ことが、後の、チーム「嬉野すり~☆」結成につながった。


嬉野温泉で石田、阪田、浜中氏が出会った日の貴重な1枚。3人が野宿をした公園にて。
右が石田、中央の滑り台に寝転がっているのが阪田(写真提供=石田)

 

 その頃ランニングを始めていた阪田は、07年の富士登山競走に、三島在住だった浜中氏を誘い、初めて出場した。結果、阪田は完走したが、浜中氏は時間内完走できず。その日、レースに出た2人と石田の3人は三島で落ち合った。石田は振り返る。
 「完走できなかった浜中くんが、このレースは本当に厳しい、こんなに過酷なレースはない、とすごく言っていて。そんなに言うなら来年出てみようかなと」
 「そこがちょっとおかしい(笑)」とは阪田評だが、厳しい、難しい、と言われたら、ちょっとやってみたい、という気になるのが、石田の性分なのだろう。
 だが、それまでランニングの経験がなかった。登山も同様だ。「生まれも育ちも静岡だけど、試走で行くまで富士山に登ったことがなかった」と石田は言う。
 さっそく、1年後の富士登山競走に向けて走り始めたが、「最初は3km走っただけで筋肉痛になった」。それでも、続けていくうちに徐々に長い距離が走れるようになっていった。
 そして翌08年の富士登山競走、石田は3時間56分で完走。阪田、そして前年に完走できなかった浜中氏も完走を果たした。「きつかったけど、おもしろかった」と石田は振り返る。
 この後、チーム「嬉野すり~☆」として、各地のトレイルレースにも参加するようになった。09年には日本山岳耐久レースでチーム戦3位入賞も果たした。

 TJARの存在を知ったのは、当時、山と溪谷社が発行していた『アドベンチャースポーツマガジン』に載っていた08年大会の記事がきっかけだった。
 「すごいレースだなと。このレースはないわと(笑)、さすがに思いました」
 だがこのレースに阪田が興味を持った。「○○やってみない?」と話を持ってくるのは、決まって阪田だ。阪田は石田について「絶対に、ノーって言わない。断ってくれたら俺もやめるのに(笑)」と話すが、当の石田は「阪田くんが持ってくる話がいつもおもしろそうなので、乗っちゃいます(笑)」。
 かくして、石田のTJARへの挑戦も、阪田の提案がきっかけとなった。
 「『次はTJARかな』みたいな話を阪田くんが言い出して。じゃあ、おれも出る、と(笑)。当時、富士山のほかは、トレランレースでしか山に行ったことがなかった。山を全然知らない状態。勢いだけでTJARをめざした感じでしたね」

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