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連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.26 2014年の勇者たち (21)江口航平

2016.06.29

<14年の三伏峠でレースが止まったまま>
 三伏峠では、先に通過していた仙波憲人、米田英昭から江口あてに「絶対完走!」というメッセージが残されていた。
 「嬉しかったけど、追いかける自信がなかった。まだまだこのレースを続けたいのに、やめてしまうのがすごく悔しかったです」
 リタイア後、ゴールの大浜海岸には行かなかった。次女が生まれたばかりということもあり、早く帰宅しなければならなかった。
 「14年は出るのが目標になっていた気がします。憧れのあの舞台に立ちたい、という思いが強くて、完走のイメージが具体的に描けていなかった」

 


レース初日、立山室堂へ向かう江口(写真=松田珠子/MtSN)


 14年大会終了後、江口の意識はすぐに2年後に向いた。15年夏には、北・南アルプスのコースを試走し「全体の感覚は掴めた」と話す。南アルプスを縦走中、14年大会でリタイアした三伏峠では、当時の感情が蘇ったという。
 「僕の中では、14年の三伏峠でレースが止まっている感じ。当時の感情が蘇って泣いちゃいました。リタイアの判断は間違っていなかったと思うけど、なんでもっと頑張れなかったんやろ、という気持ちもあります」
 TJARへの挑戦を機にマラソンやトレイルランレースに出場するようになった。そんな江口にとって、TJARは「他のレースとは別格」と言う。
 「トレラン大会はエイドがあったり、分岐に人がいて誘導してくれたりするけど、TJARは、まずルールが選手の安全を守るためのものではない。そこにある自然と自分の戦いみたいなところがある。進むも留まるも自分次第、全部自分の責任、というのが好きですね。選手主体で、すべてのことに自分の判断が試される。それがTJARで、そこが僕にとっての最大の魅力です」
 理想とするのは、自分で持参した荷物だけで完結させること――。
「例えばエベレストを登るのにも、酸素を使ったりポーターをつけて登るより、無酸素だったり自分でルート工作して登るほうが価値がある。同じ山を登るのでも、自分で荷物を全部持って乗り越えるほうがより価値があるし、充実感もあると思う。TJARで小屋とかを利用しないで、持参したものだけで行けたらかっこいいやろうなと。それが理想ですね。……そう思いながらも、小屋で何か買ってしまうし、目の前で誰かが美味しそうなカレーを食べていたら僕も『カレーください』って言うと思いますけど(笑)」

 自分は“山ヤ”という自負がある。雪崩で仲間を亡くすなど、山の怖さも知る。意識していることは――。
 「自然の力にはかなわへんし、ちょっとした判断によって状況は変わる。いかに安全に、リスクを下げて目的を達成するか。そのためにはどういうルートを選ぶのか……そのことは常に考えています」
 「縦走、フリー、アルパインにしても、僕にとって魅力の本質は同じ。ルートの難易度だけでなく、山の中で感じる恐怖心を、自分の力でコントロールして乗り越え、目標に到達すること」
 山の魅力を、そう江口は説明する。そして江口にとって、「TJARはこの要素が強く、とても惹かれる大会」なのだという。

<ゴールする姿を家族に見せたい>
 仕事は基本的に24時間毎の交代制だ。仕事が休みの日は朝、妻が子どもたちにご飯を食べさせ、保育園に送る。その間に江口は食器を洗い、ゴミを出し、掃除機をかけ、片付けをし、犬の散歩に行く。夜は、子どもたちのお風呂、寝かしつけも担当する。寝る前には必ず絵本を読み聞かせする。「イクメンパパ」の鏡のような活躍ぶりだ。
 「(休日に)山に行くために頑張っています(笑)。『これだけやっているから山に行ってもいいやろ?』と言えるように……。喧嘩になりそうになっても『週末、山に行くしな……』と思ったら、ぐっと抑えて『すみません』と(笑)」
 14年大会に出場直後は、いつもは辛口の妻の態度も変化したという。
 「TJARに出ると決まったときは、あまりピンと来ていなかったと思うんですけど、本戦をSNSやGPSで追いかけたり、応援のコメントを見たりして『すごいことしてんねんな』と思ったみたいで。レースから帰ったときは『お疲れ様! もう何もしないでいいよ』という感じでした。でも2、3日たったら『自分の好きなことして、家のことができないなんてありえへん(怒)』と元に戻りましたけど(苦笑)」
 ユーモアを交えた恐妻家エピソードは枚挙にいとまがない。それでも「嫁は嫌味を言いながらも、いちばん応援してくれている」と江口。家族あってこその、TJAR挑戦だ。

 16年大会への思いは――。
 「14年のときよりちょっとは成長できていると思う。次は出場できれば、家族にも大浜海岸に来てもらいたいと思っています。ゴールする姿を、嫁と子どもたちに見せたいですね」
 今年春には、目標としていた救急救命士の国家試験にも無事合格した。
 「TJARは、嫁の顔色を窺うことなく自分の思うままに1週間過ごせる素敵な大会だと思っています(笑)。というのは冗談で、日本アルプスを越えて、大浜海岸から見える風景がどのようなものか、自分の目で確認しに行きます!」

 16年大会の選考会(6月25~26日)の結果は「通過」、抽選会を行わずに30名の選手が決定し、江口は2度目のTJAR挑戦が決まった。
「本戦に出られなかった人の思いも大浜海岸に届けられるように、最後まで頑張ります
 2年前には遠かった大浜海岸――今は、視線の先に見据えている。
 

■江口航平(えぐち・こうへい)
1982年京都市出身、在住。小、中学、高校では剣道部。佛教大学でワンダーフォーゲル部に入り、山を始める。03年ネパールのアイランド・ピーク(6,189m)に学生だけで登頂を果たした。12年秋、NHKスペシャルで放映されたTJARを見て出場を志す。職業は消防士(救命救急士)。
<主な戦績>
フリークライミング RP最高グレード 備中長屋坂 Morisama(5.12a/b)
トレイルレース
13年 氷ノ山山系トレイルレース 10時間45分11秒
14年 STY 18時間57分18秒
15年 新城トレイルレース32K 4時間51分21秒
15年 丹後ウルトラマラソン 10時間6分53秒
 

 

<選手へのQ&A>
――日頃の山行を含めた好きな山域は?
A: 北、中央、南アルプスが好きです。厳しい環境、きれいな風景、太陽の温かさ、極寒の世界など表裏一体の環境が魅力的。

――普段の山行で持って行く行動食は?
A: カロリーメイト。軽量かつ高カロリー、そして何よりコストパフォーマンス!! ジェル系はレースのみ。

――TJAR装備のこだわり、工夫などは?
A: 金銭的な余裕がなく、学生時代から愛用のシュラフカバーを使うなど軽量化に金をかけられず。30人の中でいちばん道具のスペックが低かった自信あり。
写真は「エケープビィビィ(240g)よりはるかに重い学生時代から愛用のシュラフカバー(450g)」。(写真提供=江口)

――レース中、特においしかったものは?
A: 薬師岳山荘で食べた「カレーうどん」。スゴ乗越小屋でのビバークで冷え切った体には最高でした。温かい食事を口にできたおかげで進めました。

――レースが終わって食べたかったものは?
A: 嫁の手料理以外は考えられません! 本当ですよ!

 

<装備とウェア> ※TJAR2014 大会報告書より)
【ザック】 マックパック/アンプレース25
【露営具】 ストックシェルター
【寝具】 14年前にIBSで買ったシュラフカバー
【マット】 縦横30センチのマット
【ストック】 Black Diamond/ディスタンスFL
【ライト】 Black Diamond/SPOT
【シューズ】 スポルティバ/ウルトララプター、アシックス/GT2000
【ウェア】 ザ・ノース・フェイスのTシャツ、ワコールの速乾Tシャツ 
【パンツ】 サロモン、アシックスのランニングパンツ
【タイツ】 スキンズ/A200
【レインウェア】 (上)パタゴニアのトレントシェル (下)ロウアルパインのゴアテックス製品
【防寒具】 マーモットのペラペラのジャケット、モンベルの化繊

 

 

■連載「TJAR2014 30人の勇者たち」バックナンバー

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