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連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.29 2014年の勇者たち (24)紺野裕一

2016.07.11

<満身創痍でのゴール>

 富士見峠をめざす途中、大会最終日の17日へと日付が変わった。この時点で、前進するスピードは「時速2~3㎞」(紺野)だった。100mを進むのに2分以上かかる計算だ。それでも残りの距離と自分のペースを計算し、「このままいければ、完走はできる」と確信した。
​ 黙々とただゴールをめざした。「残りの距離と痛みを忘れるため、何も考えず無心になることに努めた」――そう紺野は振り返る。
​ ロードに入り、増えていく応援の声には、それでも笑顔で応じていた。

 


足の痛みを抱えながらも笑顔を見せる紺野(写真=松田珠子)

 

 残り8㎞は足の激痛との戦いだった。「静岡駅付近では必死で走った(つもり)が、普通の歩行者にも抜かれました」と紺野。ペースは依然として上がらなかった。それでも立ち止まりさえしなければ、いつか終わりがやってくる。日が落ちて、19時をまわった頃、ついに大浜海岸にたどりついた。
 砂浜に下りる階段も、前向きには下れず、後ろ向きにゆっくりと脚を運んだ。
​ ゴールでは、多くの応援者、優勝の望月ら、先にゴールした選手たちが出迎えた。そして紺野は波打ち際へ。レース中のさまざまな場面で役立ち「相棒になってくれた」というヘルメットに感謝の気持ちをこめて、自らよりも先に太平洋の海水に浸けた。
​ 7日19時間20分――過去に出場した2回の大会より、実にまる2日分の時間をかけた旅が終わった。

 


大浜海岸に到着した紺野。足の激痛で、後ろ向きにしか階段を下れなかった(写真=宮崎英樹/MtSN)

 

 終わってみると、両足の爪が4カ所、剥がれかけていた。だがゴールするまで、その痛みを感じることはなかったという。
 「両足の小指と人差し指は、激しい下りのあるレースでは浮いてきて剥がれてしまうんです。レース中は、痛みのレベルがいちばん高いところを意識するので、他の痛みは隠れてしまうらしく、足の爪の痛みは全然感じなかったですね」
 満身創痍の中、諦めずにゴールをめざし、完走を果たした姿は多くの感動を呼んだ。間近でそのゴールを見た望月、石田らも「紺野さんは本当に凄い」とその精神力に感服した。
​ 当の本人に、ゴール後の気持ちを改めて訊くと、「申し訳なかった」という言葉が返ってきた。
 「体調面は整わず、装備も直前に購入したものばかり。しっかり準備もできないまま中途半端な状態で出場権だけとってこの結果です。このレースのために何年も費やして準備してきた人たちに対して失礼だし、申し訳ない気持ちでした。あとは応援してくれた人たち、もっと上位で帰ってくると思ってくれていた人たちには心配をかけて申し訳なかった……」
 紺野を知る人は、その人柄について口を揃えて「優しい」という。一方、紺野自身は己に対して甘さは見せない。そんな人柄が伺えるコメントだ。

 紺野の影響でTJAR出場を決め、2010年大会ではともにトップ争いを演じ、14年大会でも薬師岳山荘から行動をともにした王者・望月は、紺野について次のように話す。
 「紺野さんは人を思いやれる心が人一倍強い。それが強さだと思います。内に秘めた力が凄い。僕にとっては、TJARでいちばん恐怖を感じる存在。自分が負けるとしたら、紺野さんだと思っています」
 それはそのまま、紺野の山に入るスタイルにも表われている。
 「他の登山者や同行者に対する安全配慮は、自身を守ることにもつながると思っています。周りに気を配れるというのは、気持ちや体力に余裕があるということ。その余裕を持ち続ければ、結果的に自分も安全確実に行動できている。今、山のレースに対する目が厳しいので、やはりマナー面は今まで以上に意識しています」(紺野)

<16年は集大成として悔いのない結果を残したい>

 紺野にとってTJARはどんな位置付けなのだろうか。
 「荷物を背負って、アルプスを通って、長い距離で衣食住が伴って、睡眠時間を削って進む……。これらは自分にとって適性のある条件だと感じています。当然、数ある目標の中で高い位置に存在しますが、初めて出場した頃のようにTJARを自己の限界に挑戦する国内最高の山岳レースだとは思っていません。リスクの高い場所で極限まで頑張ったら大事故につながってしまいますから。過去に望月さんがおっしゃったのと同じように、今は純粋に山を楽しむ気持ちがいちばん大きいです。自分との対話、自然との交流、人との出会いが短期間に凝縮されている、『5~7泊、大人の冒険、挑戦者求む!』といったところでしょうか」

 14年大会後は、16年の参加要件を満たすため南アルプスにたびたび足を運んだ。
 「過去の大会のようには速く動けず、トレーニング不足と体力の衰えを実感した」と紺野。14年に手術に踏み切った腰椎ヘルニアの再発はないそうだが「腰は疲労しやすく、慢性的な疼痛がある」(紺野)と万全ではない。
​ 平日はジムでのトレッドミル、週末はLSD(3~5時間)がトレーニングの基本だ。夏に向けて「残された期間でどれだけ体を山モードに作りあげるかが課題」と前を向く。

 16年大会は、選考会(6月25~26日)を受け、抽選会を行なわずに出場選手が決定した。紺野は4度目のTJARに挑む。
 「これまでの集大成として悔いの残らない結果を残したいです。具体的な目標はスタートラインに立つまでわからない、というのが正直なところです」

 14年の報告書には「さまざまな限界はまだ先にある」と記していた。その真意は――。
 「前回の痛みに対するものとか、レース中でもうまくコントロールできるものはまだありそうです。自分はもっと上を望めるのではないかなと思いました」
​ 紺野にとって、今年はどんな夏が待っているのだろうか。

 


■紺野裕一(こんの・ゆういち)  写真=小関信平
千葉県出身、在住。20歳のときから富士山、御嶽山、南アルプス・三伏峠の山小屋で合計6シーズンアルバイトを経験。05年からトレイルレースに出場する。日本山岳耐久レースではチーム「スマイル八百武+1」(メンバーは紺野、伊東努、清水勝一)でも出場、12年にはチーム優勝。TJARは2008、2010年と準優勝。
<主な戦績>
富士登山競走 3:08:04(2007)
日本山岳耐久レース 8:24:37(2012) 

 


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