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連載「TJAR2014 30人の勇者たち」Vol.33 2014年の勇者たち (28)飯島浩

2016.07.27

<「運営としても選手としても重い教訓となった」>

 「早いリタイアだったけど、気力が回復しなかったのが大きかった。体調が良ければ、翌日以降のイメージができるはずが、まったくできなかった……」
 飯島はそう語る。
​ 双六小屋まで進み、鏡平小屋まで下り、本部に連絡を入れた。そこで、千原昇が三俣山荘で低体温症と診断されたことを聞く。千原の救助のため、三俣山荘に向かった。翌日、飯島は、同じくリタイアした岩崎・福山と、千原のサポートをしながら新穂高温泉へ下山した。

 14年は大会中も、さらには自身のレースが終わってからも実行委員として、気が抜けることはなかった。
 初日から台風直撃となり、薬師岳山荘での一時待機、また救助が必要なほどの低体温症に陥った選手が出たことで「運営側としても選手としても重い教訓になった」と語気を強める。
 「14年は特殊な例だったが、TJARは、スタートしたらあとはすべて自分の力で行きなさい、ということを求めている。でも、行動不能の暴風雨に直面するとか、自己対応できない低体温症に陥るとか、そこまでいくと許容できる限界を超えている。でもそこでの状況は、そこまで行ってみないとわからないことでもある。麓の選手と山頂の選手ではまったく環境は違いますしね。そういう意味では、レースとして難しい運営、判断を迫られるなと……」
​ 14年を終えても、飯島の頭からTJARが離れることはない。



天狗平付近にて。左から仙波憲人、中村雅美、朽見太朗、飯島(写真=藤巻 翔)

 

<実行委員会の代表として>

 16年大会は、選手マーシャルとしての出場を見送ることにした。
 「出たいとは思っていたけど、このままでは前回の二の舞になるなと。今回は運営側として専念します」
​ 16年大会を目前に控え、関係各所への挨拶回り、書類選考、選考会、本戦への準備等、余念がない。 

 TJAR実行委員会の業務には報酬はない。完全にボランティアだ。
​ 今年、務めていた薪ストーブの会社を退社し、独立。「時間の融通は利くようになった。ただ、TJARの仕事などいろいろやると、稼げないんだけど(苦笑)」と自嘲気味に言う。
 大会が近づくと、睡眠もままならない状態になるという。
​ 労力を惜しまないその姿勢が、他の実行委員メンバーの士気をけん引している。
 飯島のその姿勢を生み出す原動力はどこからくるのだろうか。そう質問すると「やるしかないから」という言葉が返ってきた。飯島は言う。
 「幸いにも、自分の家は伊那市にあるので中央アルプスも南アルプスも30分あれば登山口に行ける。近隣の市町村、飯田、伊那、駒ヶ根、木曽も近いし、行きやすい。このあたりでは、関係者の顔はわかっているので、自分が行ったほうが話の通りはいいかなと。北陸方面は畑中さんに任せていますけど。準備にしても、駒ヶ根ならすぐ飛んでいけます。自分がやるしかない、という感じ。……いや、もう、やるしかないです(笑)」
 2度目の「やるしかない」は、自分に言い聞かせるように、言った。

 実行委員会の代表としての、TJARへの思いとは――。
 「イメージとしてあるのは、自転車レースの『ツール・ド・フランス』。あのレースは、選手たちがそれぞれの街をめぐって、フランスを一周していくわけですけど、住民たちにとってはお祭りのような感覚。庭でバーベキューしながら待っていて、選手が来たら、道路の端に駆け寄って行って応援する。地域の住民が一体になって応援している。TJARも、山でも応援してくれる人がいて、舗装路では地域の住民が応援してくれるような、『あ、今年もやってるね』と、夏の風物詩のようなレース。今も応援は多いけど、友人とか家族とか、関係者が多いですよね。関係者ではない、地域の人が応援してくれるレースになったら嬉しい。静岡と魚津は、そうなりつつある。地元を盛り上げようといろいろしてくれている。ほかの場所も、ああいうふうになればいいなと……」

 飯島が感じるTJARの魅力とは――。
 「このTJARというのは、一人でやる単種目のアドベンチャーレースだと思っています。本当はアドベンチャーレース(複合競技)の長いのを一人でやってみたいのですが、そういったレースはないのでTJARになりました。ほかのレースではなかなか味わえないロマンがありますよね。朝起きて走って、食べて、走って、食べて、寝て……それを何日か繰り返す。生活そのものがレースになっていて旅にもなっている。日本海から太平洋まで3つのアルプスをつないでいく。そのテーマもわかりやすい。運営側もやりがいがありますし、選手としても壮大なチャレンジ。その大会に関われるというのは、運営としても選手としても、誇りです」
 選手として「もう1回完走したい」という気持ちもある。
 「もう1回は完走したい気持ちはありますが、選手として山に向き合う時間がなかなか取れないので厳しいかなと……。このレースをめざしている人達の気迫、想いはすごく感じるので、少しでも他の人にこの機会を与えたほうがいいのかな、とも思います。でも……、やっぱりもう1回走ってみたい。誰か運営をやってくれないかな(笑)」
​ 7度目の出場、5度目の完走の実現はひとまずお預けだ。まずは16年大会、TJARの「長」として奔走する。

 

■飯島浩(いいじま・ひろし)
1969年長野県伊那市出身、在住。高校時代から自転車、登山に取り組む。自転車では高3のときに北海道一周2000km、社会人になってからは91年八重山諸島巡り、92年ニュージーランド縦断2000km(途中でルートバーントラック、ミルフォードトラック、アベルタスマントラックなどのトレッキング数百km)。バックパッカーとしてインド、ネパールへ旅した(アンナプルナBC、ジョムソン街道)。95年国体山岳競技に長野県代表メンバーとして出場することになったのを機に山を走り始める。96年日本山岳耐久レース(ハセツネ)が初トレイルレース。その後アドベンチャーレースにも参戦。アドベンチャーレースでは、八ヶ岳トレイルフェスティバル(エキスパートソロ男子)、山北アドベンチャー、里山アドベンチャーなどで優勝経験あり。ハセツネでは、年代別入賞が通算3回、04年チーム準優勝。07年には「アドベンチャーグリーン」(10回完走者)獲得。TJARは第2回の04年大会に初出場、通算6回出場、4回完走。06年から実行委員会メンバーに加わり、10年からは代表を務める。自転車は現在も趣味として続け、妻と小6の息子と2泊3日のツーリングに出かけることもある。

 

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